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王都から逃げ出して、最初は誰かが追いかけてくるんじゃないかって毎日毎晩震えていたけれど、ヒロが無事に生まれてくれて、すやすやと穏やかに眠る顔を見て、それがずっと続いていたから今日も昨日と同じような日になって、そうやって穏やかに暮らしていけるものだとどこかで盲信してしまっていて……
椅子が二つしかないこの家で王弟と領主が小さくて質素なテーブルを間に挟んで向かい合うなんて、想像もしていなかった。
「どう言うお話でしょうか?お恥ずかしいことですが、息子の話では要領を得ず……」
マテルのとりなしの後、急いで父を呼びに行ったロカシの判断は正しかったのかどうなのかはわからなかったけれど、少なくともテリオドス領主の前ではオレを力づくで連れて行こうとはしないだろう。
けれどそれも……時間の問題かもしれない……
「話も何もない。ここに来たのは非公式であり、我々はもうここを去る。忘れて貰って結構だ」
それだけを言うとクラドは身分証明のためにとテーブルに置いた長剣を掴んで立ち上がる。
「いや、しかし 」
「我々とはどう言うことですか⁉︎」
はっきりとしない父の言葉を遮ってロカシは身を乗り出すようにして声を上げた。
領主の息子とは言え貴族の礼儀上ではクラドの前で容易に口を開いていいわけではなく、息子の不躾にテガの顔色がさっと青くなって、今にもクラドに飛び掛かりそうなその体を押さえつける。
「我々は、我々だ。はるひ、準備をするんだ」
「……っじゅ 準備って、なんの…………」
わかりきったことをわざわざ問い直すのは、少しでも時間を稼ぎたかったのと、そうするうちにクラドが諦めるんじゃないかな?って淡い期待を持っていたからで……
オレを見下ろしているってわかるのに、オレができるのは足元を見るだけだ。
「オレ は、ここで……暮らして……」
震えを堪えるために腕の中のヒロを抱き締めたが、さんざん泣いた後に腹いっぱいに乳を飲んで満足なのか、力を込めてもヒロは起きる気配はなかった。
「はるひはここの住人です!勝手に連れて行くことは っ」
ロカシの言葉が途中で詰まり、テガが「ひ 」と小さく声を上げるのが聞こえた。俯いているだけのオレにでもわかる、ビリビリとした威嚇するような気配と威圧感、震え出したくなるような怒りの空気に自然と足が逃げを打つ。
「ここにはるひと言う住人はいなかった」
そう言うとクラドはこちらに手を伸ばしてきて……とっさにその手を避けようとしたけれど、ここで追いかけっこをしても勝つことはないと学んだばかりだった。
ましてや今はいつも以上に人数が多いせいで出口の方へ駆け出すこともできず、たたらを踏むように逃げ惑った挙句にあっさりと捕まってしまう。
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