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 一年前のこんな気まぐれな天気の日だった。  朝は晴れていたのに急に雨が降り出す、そんな日に……魔が差したって言うには余りにも卑怯な方法で、オレはクラドに抱かれたんだ。  王子でありながら近衛騎士の肩書を持つクラドがオレの護衛騎士にと宛がわれたのは、まだこちらの言葉がまったくわからなくてかすが兄さんの服の裾から手を離すことができなかった頃の話だ。  大きくて怖い顔の人……と言う印象は、小さなオレに合わせて膝をついて視線を合わせ、拙い日本語で『こんにちは』って声をかけてくれた瞬間に霧散して、黒くてぴんと立った耳とふさふさとした艶のある尻尾と、同じ色の黒い髪と瞳を持つクラドの傍にいると嬉しいと感じるようになるまでそう時間はかからなかった。  クラドの優しさや面倒見の良さが年少者に対するそれだと十分わかっていたのに、王宮の片隅の小さな世界しか許されなかったオレにとっては、クラドと一緒に過ごせる時間はキラキラとした宝物だった。  ただ現実は、オレにとって宝物でも、クラドにとってはただの召喚された巫女の弟の護衛任務ってだけの話だっただけで。  それでもクラドはオレの憧れだったし、頼りだったし、優しかったし、……大好きだった。  オレを抱き上げてくれたり、一緒に笑ってくれたり、ちょっと悪いことも教えてくれたりして、一緒に過ごす時間がドキドキするようになったのはいつからだったかな?  保育園の時に『男の子同士は結婚できないのよ』って、かすが兄さんと結婚するんだと言ったオレに言われた言葉を思い出して繰り返し繰り返し、そう言う好きじゃないって思おうとしたけれど、あの日見てしまったクラドの姿を見てしまったから。  ……かすが兄さんの忘れて行った外套の裾に頬を寄せて、一度も振って見せたことのない黒い尻尾を緩く振った姿に、オレは背中を押されたんだ。 「やっぱり御兄弟ですね、はるひ様はかすが様よく似てらっしゃいます」  緩く耳の垂れた犬獣人の彼女の言葉に胸の中で育っていた何かが弾けた。  この世界に来てからずいぶんと経って、背がかすが兄さんに追いついた頃に侍女に言われた言葉が、卑怯なオレの計画のを閃かせて……  思ってしまったんだ。  オレと同じように叶わない恋に身を焦がしているクレドなら、かすが兄さんによく似たオレに……触れてくれるんじゃないかって。  かすが兄さんの外套に向けていたような、嬉しそうに細めた目でオレを一瞬でも見てくれるんじゃないか って。  そしたら、少しでも好きなってくれるんじゃないかって……  自分勝手なことばかり考えてたんだ。

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