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「お前が大袈裟にするからいらん話が出でしまったぞ」 「俺のせいなのか?」 「『おにいちゃんおねがい!』って言ってれば二つ返事で許可を出してくれましたよ」 「それは、ちょっと  」  どんな過酷な誓いでも立てる事は出来たが、エルの提案した言葉を言うのはどうにも俺の中の矜持が邪魔をする。 「まぁ、はるひもクラドのことを憎からず思っているのはわかっていたしな、落ち着くところに落ち着いたと言うところだろう。兄としては嬉しい限りだ」  カラリ と兄の持つグラスの中の氷が動いて軽い音を立てた。  揶揄われはしたが婚約の許可を貰ったあの夜の酒の味は格別で、生涯忘れられない味になるとあの時までは思っていた。 「   着いたようだな」  気まぐれな雨が上がり微かに辺りは日が差していたが、どんよりとした雲は相変わらず空を覆い尽くそうとしている。可能な限り少しでも王都に向けて進みたかったが……子を産んだばかりのはるひと乳飲み子を連れては難しいだろう。  仕方がないとは言え、苛立ちは募る。  少しでも先に進み、少しでも早くはるひを自分のテリトリーに連れ帰りたかった。 「……すみません」  つい零れてしまった溜め息を吐きながら馬車を降りる俺に、はるひが小さく謝罪を述べる。  それは早く辿り着けないことに対して言われたのか、宿に泊まらなくてはならないことに対して言われたのか、それともただ俺の不機嫌さに対して言われたことなのかは判別できなかった。  ただ重苦しそうに、俺の方を見ずに申し訳なさそうに呟かれて……  ──── 俺は、はるひのそんな顔が見たいわけじゃなかった。  小さな町の急遽取った宿だったから何か期待があったわけではないが、それでもただの客ではないと感じ取った宿側が用意してくれた部屋は思っていたよりは広かった。  とは言え、それも気を利かして持ち込まれた赤ん坊用の柵のついたベッドを入れてしまうと手狭になるほどだったが、野営や野宿のことを思えばなんてことはない。 「別の……部屋ではないんですか?」  テリオドス領から出発してこの宿に着くまでずっと赤ん坊を抱き続けているのだから、腕の疲れも溜まっているだろうにはるひはベッドに赤ん坊を降ろすことなくそう聞くと、俺から距離を取るようにじり と壁際に逃げた。  あの小さな家でしたように追い詰めて抱き締めたい衝動もあったが、緩く首を振ってから外套を脱ぎ捨てる。 「何か問題が?」 「あ、あります……」 「ない」 「っ  あります!ヒロはまだ夜泣きもするし、お乳だってあげないと……」  そこまで言って恥ずかしくなったのか、はるひは顔を赤くして俯いてしまった。

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