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でなければ、オレとクラドにいきなりこんな物が出されるはずがなくって……それで仕方なく、オレを探しに来たのか。
オレが無理矢理迫ったのに、あんなことをしてしまったからクラドは好きでもないオレと、結婚しなきゃいけなくなってしまったなんて……
クラドの本当に好きな人は、かすが兄さんなのに。
立場上、どうしようもないのにかすが兄さんもクラドのことを憎からず思っているのは知っている。
二人が城の東屋で人払いをして逢引していた と言う噂を聞いた時は、本当に落ち込んだけれど逆に自分を納得させるいい機会でもあった。
巫女が嬉しそうにクラドの尾を櫛で梳いていたのだ と。
クラドが巫女の手を取り、ひざまずいて何かを誓っていた と。
ひどく二人は親密な様子だった と。
恋愛話がこの上もなく好物な侍女達は、禁断の愛だと言っては潜めなければならない声を大きくして噂をした。
そんな噂を聞いてからしばらくして、ゴトゥス山脈への遠征の巫女の護衛にクラドが参加すると知った。幼い頃からずっとオレの傍にいた護衛騎士はいつの間にか代わり、オレに一言もなく……クラドはかすが兄さんのために危険な瘴気と魔物の巣窟と言われる場所へ行ってしまって……
本来、王族の人間が出向くような場所ではないのに。
あえて危険な場所へ赴くことを愛故と侍女達は黄色い声で話し、その手柄を以って巫女の下賜を願い出るのでは と憶測をはやし立てる声や、劇の中でしか聞かないような奇想天外な兄弟で愛を奪い合うなんて妄想のような話も聞こえてきて。
あの森の日以来、気まずさと具合の悪さを理由にクラドを遠退けるようなことをしなければよかった と、そうすればせめて出陣の際に声くらいはかけて貰えたかもしれないのに……
ゴトゥス山脈での戦いが激化したと言う噂を聞いて、ずっとずっと後悔していた。
小さなタライだったけれど、お湯を使わせてもらえるだけ有難かった。
王宮では望めば幾らでも持ってきてもらえたし、元の世界のように蛇口をひねればお湯が出た。それがこの世界の一般的な生活だと思っていたけれど、テリオドス領で暮らすようになってそれがどれほど贅沢だったのかと痛感することも多い。
「あー……ぅ!」
ぱちゃんっ と水面を叩いたのは尻尾だ。
可愛らしい猫じゃらしのようなふさふさとした可愛らしい尻尾。
「ほら、じっとしてなきゃ」
そう言いながらラフィオの汁を入れて黄色くなった湯をそっと体にかけ、小さな赤い石鹸を取り出してそれで尻尾を洗う、続けて髪と耳も……
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