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 生き物の死をこれほど望んだことは今までなかったけれど、その人型のナニかが生きていないことに心底安堵した。  それならば、後は森の中でオレを追いかけて来たナニかさえどうにかすればいいだけだ。 「武器……武器……に、なりそうな物、 は   」  ヒロの荷物ばかりを詰め込んだせいでそんな物は手元には一切ない。  辺りをさっと見渡してみてもあるのは草と細い小枝と葉ばかりで……投げられるような石を探すのも難しく、しかたなくオレは恐ろしかったけれどじりじりと木から離れて沢の方へと後ずさった。  瘴気がどんなものか、  魔物がどんなものか、  恐ろしいものと答えてはくれたけれど、オレが怯えるといけないからとかすが兄さんが詳しいことを話すことは禁止したためにわからない。オレもその時は一生王宮から出られないし、遭遇することなんてないと思っていたからそれでいいと思っていた。  だから、どんなモノが飛び出してくるかわからなくて……  ないよりはましだと足元の小枝を拾って、また小さくパキ と音がした方向に先端を向ける。 「  っ  来ないで……こないで…………」  譫言のように出る言葉は微かな希望で、でも叶えられないことを知っている。  他に誰もいない、逃げ道もないこの状況でオレが助かる道なんて考えつかなくて、溢れそうになった涙をぐっと飲み込んで小枝を構える腕に力を込めた。  ────パキ パキ  小枝の折れる音がどんどん早くなって、森の暗い影の中から更に深い黒い塊がぼとん と転がり出る。  それは、手足をもがれたリスのような姿をしていた。  パキ パキ と耳元で何かが折れる音がする。  小枝を踏む音だとばかり思っていたのに、それはオレにしがみついた黒い塊の中から響いていて、コレ自身が立てていた音だと言うことがわかった。  そして、それが明らかに生き物でないことも…… 「 っ、や  」  胴と頭と尾だけの塊は、手足の代わりに黒くて細い触手を伸ばしてオレに掴みかかってきて、明らかに腐りかけて白濁した目でぎょろりと睨みつけてくる。  明らかな、腐臭と……それから嗅いだことも無いような饐えた匂い、リスにしては大きいと思ったのは内臓が腐ったガスで膨れあがっているからだと気付いたのは、振り払おうとして触れた手が表面の毛皮を撫でた時だ。  ズルリ と皮膚の表面が動いて、体を繋いでいた筋肉とか腱とかそう言ったものがぶちぶちと擦れてはつれて……  吐き気を催す臭いにぐっと胃が持ち上がる。  胃の中の物を吐き出して楽になりたかったけれど、今は絡みついてきた触手を払う方が先だった。

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