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 ラフィオの花を摘む作業をすると染まるのだと言っていた。 「傷なんて、つけさせたくなかったのに……」  幾重もの薄く柔らかな布に包んで、危険な物をすべて排除して、穏やかに健やかに、俺の傍で笑っていて欲しい。  そのために準備もしてきたし、あらゆる手を回してきた。 「でも、俺が一番、お前を傷つけていたんだな」  はるひに意識があれば、俺のこの手を振り払ったかもしれない。  俺はそれだけのことをしてしまったんだろう。 「──── 誰が、誰を傷つけたって?」  衣擦れの音がサラサラと聞こえるような滑らかな動きでかすがが首を傾げる。そうすると、短く切らざるを得なくなった絹糸のような銀髪が肩の辺りで緩やかに揺れた。  その細い腕で持てるのかと心配にさせる大きな水差しを抱えた姿に、慌てて駆け寄ってその腕の中のものを引き受ける。 「聖別した水だよ、水差しで飲ませてやってくれ」  ちゃぽん と小さく音を立てた水は一見はただのそれだったが、よく見れば光を反射するたびに銀のきらめきを零しているのが見て取れた。 「わかりました」 「 で、誰が傷つけたって?」  普段は兄の話ですら興味がないように見えるのに、はるひに関してだけはひどく執拗だ。 「…………私がです」 「そうだね、君は護ると僕に宣言したはずだ。騎士の誓いとやらも、その程度なんだ」  鼻で笑われて、一瞬頭が真っ白になった。  怒りか、絶望か、息が止まりそうになるほどの感情にぐっと力が入って、腕の中の水差しが呑気なちゃぽんと言う音を響かせる。 「そん  そんなことはありませんっ!」 「嘘吐きっ!護るって言ってくれたのに!武勲を上げてクルオスに申し出るって!結婚してこれ以上ないくらい幸せにするんだって!言ってくれたからっ」 「巫女様っ」 「嬉しくて……期待してたのに…………嘘吐き!」  小さな駄々っ子のように泣きそうな目でこちらを睨み上げてくる顔は、一年前の東屋での出来事を俺に思い出させた。  東屋の床の石が膝に食い込む感触に耐えながら、逃げられないように掴んだ白魚のような手を両手でしっかりと握り込む。  俺の真剣な風にかすがは一瞬怯んだようだったが、すぐにいつもの平静さを取り戻してこちらへと向き合ってくれる。 「もう一つ、お聞きしたいのです」 「…………これが最後だよ」 「ありがとうございます。巫女様の世界では……婚姻を申し込む際、ご家族に対して挨拶などの決まりはあるのでしょうか?」  様々な種族、文化の入り混じるこの世界では、各祭事の際の礼儀などは相手方に合わせると言う暗黙の了解がある。はるひとのことを正式に推し進めるにはそれを知らなければならなかったが、こちらに来た時はるひはまだ幼かった、そう言った儀式に明るいとは思えない。

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