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「スティオン、離れろ」
ぐい と力づくで引き離すと、俺との間で潰れていた双丘が衝撃でたゆん と弾む音がするのだから、あの肉はどうなっているんだろうか?
「つれないじゃないか!せっかく英雄様が訪れてくださったのだから、下々の者にその威光を堪能させてくださいよ?」
大袈裟に驚いて見せると、また再びたゆん と胸が揺れる音がして、はち切れそうな白衣の襟元から今にも零れ出してきそうな雰囲気だ。
薄茶に黒のメッシュの入った髪、傍若無人を隠そうともしない金目をうんざりとした気分で見遣る。
「ラムスはどこだ」
「こっちに、今は人工乳のやり方を教えているところだ」
話を流されたと言うのに意に介さずにスティオンは部屋の奥を優雅な手つきで示す。
それなりの身分の家の出なのだから、相応な格好で相応な言葉遣いをすれば相応に見えるだろうに、髪は結いもしないし服も男のそれを愛用している。
それが鬣犬獣人の性なのだとしても、あまりにも無頓着なのは周りが被害を被るのだから遠慮して欲しい。
「スティオン医師って……女性だったんですね」
「ああ、そうか、王族以外は診ないからか」
「び、美人ですね」
円い目は愛嬌があるとは思うが、どうだろうか?
かすがを間近で見ているせいかそう言われてもピンとくるものはないし、スティオンに対してはそう言う感情は絶対に湧くことはないだろう。
「ベレラ伯爵家の嫡女だ、玉の輿を狙ってみるか?」
「いやっそんなっ恐れ多いです」
慌ててそう言うとディアは視線を逸らしてしまう。
微かに赤いと思う目の下は、図星を突かれたからかそれともスティオンの揺れに見入ったからか、俺には良くわからなかった。
「あっ閣下!」
俺を見て慌てて立ち上がろうとしたラムスを手で制止し、その腕の中で懸命に哺乳瓶に食らいついている赤い頭を見下ろす。
「ヒロ様はこのようにお元気です、道中も特に何事もなくお過ごしでした」
「そうか」
ジュ っと乳を吸い込む音と荒い鼻息に困惑していると、スティオンは「こう言うものだよ」と言って赤ん坊の足をくすぐった。
「小さい足だ。赤い毛色から見るに狐だね、首も全然座ってなかったし、歯もまだだ、産まれて半月も経っていない子だ、こんな子を馬車で長時間揺らしたなんて正気を疑っちゃいますね?」
大袈裟な動きでこちらを振り向き、やはり大袈裟に首を傾げて見せる。
「やむにやまれぬ事情があった」
「便利な言葉ですね?」
反対側にこてんと首を傾げるとそれにつれてやはり胸がたゆんと波打つ。それに釘付けになっているディアを押しやりながら、「健康状態は?」と話を変えた。
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