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はるひを抱えて、更に赤ん坊に気を使いながら城まで走るのは無謀と思いラムス達に託したが、何事もなく辿り着けたようでほっと胸を撫で下ろす。
ただ……そうか、スティオンか……
むっと眉間に皺が寄りそうになったのを寸でで堪え、脳裏に浮かびそうになったスティオンの顔をもみ消した。
「クラド、今日はここまででいい」
「しかし 」
「ここまで走り通しだったと聞いている。ご苦労だったな、自身と部下を労わりまずは体を休めるといい」
「…………け 」
けれど と続けようとした言葉は尾の鳴る音にかき消される。
「 わかりました。お言葉に甘えます」
渋々立ち上がり、ディアと共に部屋を出ようとするとエルが追いかけてきて肩を叩いた。
「先程の話、疲れている時に結論を出してはいけません、今答えを出すのは得策ではないでしょう」
銀縁の眼鏡の奥の瞳に宿るのは声ほど硬質ではない柔らかな光だ。
俺のことを考えての助言なのだろうが……
「わかった。休んでから考えることにする」
そう当たり障りのない返事を返すのが精いっぱいだった。
高い天井はやけに音が響いて大きく聞こえるせいか、小さい頃は城の廊下を通るのが苦手だったことを思い出しながら医局へと急ぐ。
「はるひ様の具合は……」
「巫女様に浄化していただいたが、体力の消耗が酷くて今は休んでいる」
「間に合って本当に良かったです」
部下達に言わせると歩いても歩いても同じ見た目ばかりで、辿り着ける気のしない廊下を進み右に折れる。
磨き抜かれたガラス窓と白い窓枠、金をまぶされた豪奢な壁紙と顔が映りそうなほど光る床と……それらを見て、この場所を生活の場としていたはるひがテリオドス領での暮らしで心穏やかに暮らせていたとは思えず、思った以上に体力が下がっていたのはあちらでの生活がより過酷だったからなのでは と言う考えが過った。
ここにいた時よりもほっそりして見えたのは確かだ。
いや、実際に触れた感触だけで言うならば痩せてしまっていた。
「何が……保護下にある だ 」
ぐ と威嚇音が喉を震わせる。
鼻に皺を寄せるように顔を顰めてしまったが、ディアは数歩後ろにいるために顔を見られることがなかったのが幸いだ。
「 赤ん坊は、何事もなかったか」
「はるひ様を探して泣かれましたが、途中の村で乳が出る者に含ませて貰いましたらすぐに寝入りまして。大きな問題はそれくらいでした」
「そうか」
金地に緑の宝飾の施された医局の扉を自分の意思で潜ろうと思ったのはいつぶりだったか……
気分的には蹴破りたいところだったが、ぐっとそれを堪えて代わりにノックをした。
「はぁい」
このハスキーな声を聞くと、自然と眉間に皺が寄る。
「失礼する。こちらにラムスが来ているだろう」
「来てらっしゃいますよ?」
開きかけた扉がぐいっと引っ張られて思わずたたらを踏みそうになった俺に、どっと何かがしがみついてきた。
いや、何か とかそう言ったものではないのは良くわかっている。
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