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 一瞬、その心地よさに身を委ねたくなったけれど、はっと体が跳ねた。 「ヒロはっ⁉︎」  とっさに出た声は大きかったけれど掠れて貼り付くようで、喉がぴりりと痛んだせいか盛大に咳き込むことになってしまった。慌てて背中を撫でて吸い飲みで水を差し出してくれるかすが兄さんに縋りつくように、ヒロはどこなのかと尋ねかける。 「オレっオレの  あ、あの、 ヒロはオレの、オレが   」 「うん、クラドから全部話はきいているから落ち着いて、ちゃんと連れてきてもらうから」  落ち着き払った声に、少し冷静さを取り戻してこくんと頷いて見せた。 「そんなに取り乱してちゃ、抱いてあげることもできないだろ?」  ベッドからにじり出ようとしたオレを押し止め、辛抱強くそう言うと体を支えるために隣に腰を降ろしてくる。  クラドと抱き合う瞬間を目撃して……会えば辛いだけだと思っていたのに、こうして言葉を交わしてしまうとそれを置いて嬉しさが溢れてしまうのは、それでもやっぱりかすが兄さんが大好きだからなんだろう。  一年会わなくて、寂しくて悲しくて会いたくて、でもオレには顔を合わせる資格なんかないと言い聞かせて諦めて来たけれど、その優しさに触れるとやっぱり駄目だった。  嬉しくて、でも……申し訳なくて項垂れてしまう。 「かすが兄さん……えと  オレ、いなくなって、ごめんなさい」 「元気になったら、きちんと聞かせて貰うから」  そう言うと頭も預けるようにとそっと頬を撫でられる。  いつも見上げて逞しく思っていた背中だけれど、もう同じくらいの高さなのだと思うとオレよりも幾分ほっそりして見えて、この肩にこの国の平穏を背負ってそれでも折れずにしゃんとしている姿は、やっぱり眩しい。 「…………『にーに』」  そうオレ達の世界の言葉で話しかけると、はっと驚いた顔は嬉し気に崩れる。 「『どした?何か食いたい物とかあるか?兄ちゃんなんでも持ってきてやるぞ?』」 「『んーん。大丈夫。髪、短くなってんね?切ったんだ』」 「『あー……うん、似合ってるか?』」 「『カッコイイよ』」  そう言うと、いつもは巫女らしい微笑を返してくれるのに、今回は小さい時と同じようににやっと嬉しそうに笑って見せてくれた。 「『ヒロが来るまで横になってれば?』」 「『だって……』」 「『四日間、ピクリともせず寝込んでたんだ、大人しくしとけって』」 「よ   ?」  ぽかん としたせいで言葉が出なかった。  四日間?  ただただ疲れて、ほんの少しうつらうつらとしていただけのつもりだったのに…… 「『意識が戻ってほっとした』」  素直にオレの回復を喜んでくれる言葉が遠く聞こえる。  四日……  ぶる と体が震え出す。  四日……  幾ら繰り返してみてもそれが縮まることはなかったし覆ることもない。

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