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「巫女様には大変申し訳なく思うのですが、今から診察をいたしますので席を外して頂ければと」 「私が同席することで不都合が?」 「不都合はございませんが産褥の具合を確認いたしたいのですよ?」  ピンとこなかったのかかすが兄さんが怪訝な顔をしたのを見て、慌てて間に入る。 「テリオドスで産褥は終わったとお医者様に言っていただけましたので大丈夫です!」  ヒロを産んだのだから仕方がないこととは言え、あられもない箇所を人の目に晒さなければいけないのはあまり経験したくない診察だった。相手が医者なのだからと納得はしたが、妙に気恥ずかしくてどうにも抵抗を感じてしまう。 「終わった?」  つぶらな瞳を更に丸くさせて、スティオンはこてんと小さな子供のように首を傾げて見せる。 「まだ出産から数日でしょう?異界の方はそうなのですか?」 「や……それはわかりませんけれど、オレは二か月ほどで治まりました」  そう言うとスティオンの目がますます丸くなって…… 「失礼ですがそれはいつ頃のお話でしょうか?」 「一月程前です」 「では、ヒロ様は生後三か月と言うことでよろしいですか?」 「は はい……」 「よろしいんですね」  やけに丁寧に確認されて……  何を聞かれるのか、何か下手なことを言って何かバレるんじゃないかって思うと、胸の辺りが奇妙に落ち窪んだような違和感に苛まれて、こちらを真っ直ぐ見詰めてくれる視線に応えることができないでいた。  まっすぐに人の居心地の悪さなど考えずに相手の顔を見てくるのは、スティオンの親であるベレラ伯爵譲りだ と、思い出したくなかった顔を思い出しながら頷く。  だからなのか、余計にスティオンの言葉に裏があるように思えてしまって、緊張で指先がひやりとする感覚がした。 「   それが、 なにか  っ」 「まだお顔の色が優れませんね?もう少し横になった方がいいようです、また後ほど落ち着かれた頃に伺うことにしましょうか?では」  来た時と同じように優雅に礼をしてスティオンは部屋を出て行く。  長時間いたわけでもないのに妙な疲れを感じてしまって、窺うようにかすが兄さんに視線を向けると、それに気づいたのか慌ててこちらに来て横になるのを手伝ってくれる。  この世界で唯一の神であるコリン=ボサ神の寵愛深い男巫女が、甲斐甲斐しくオレの世話を焼く姿なんて、貴族にでも見られたらまた嫌味を言われてしまいそうだった。 「  ごめんね」  お礼を言うべきなのだろうに謝罪の言葉が出るのは、スティオンが名乗った名前の『ベレラ』のせいだ。  伯爵位ではあるけれど遡れば王家に連なると言う家柄と、代々王宮医を輩出してきたと言う実績からあちこちに顔の利く人物で、その口出しは国王の后選びにまで及んだと聞いた。  王宮でのいざこざを遠退けられて育ったオレでもそれを知っている理由は、オレが国王の義理の弟に当たるから……  かすが兄さんは、つまりベレラ伯爵にとっては自分の影響力のある后候補を輿入れさせる機会を奪った相手と言うわけで。  そのせいかことあるごとに気の悪い思いをさせてくる人物だった。

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