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「賢者の石」
ひくり とその言葉に反応したのを誤魔化すために、笑顔でうんうんと頷いて見せる。
「ヒロ様の入浴に使われている石鹸、賢者の石なんですよね?」
「はい、そうなんですよ。テリオドス領でお世話になっている時に、赤ん坊の肌にいいからって」
「そう!王都でも人気で入手困難なのに、ヒロ様の沐浴でお目にかかれるなんて思ってもいませんでしたよ?」
女性の食いつきがいい とは聞いていたけれど、伯爵令嬢のスティオンですらそうなのだから、余程の物なんだろう。
でも、いつも溌溂としているスティオンには血色を良くする石鹸なんて必要ないと思うのだけれど……
「それに、いつもいい匂いをさせてるあの入浴液!」
女性らしくきらきらと目を輝かせる姿は、やはり美容に関することに興味津々な貴族令嬢そのままの姿だ。
「あれ、も、テリオドス領で取れるものなんですよ。でも日持ちがしないから王都では入手するのは……」
「じゃあ、あの入浴液、すこーしだけ分けて頂けません?」
ゆさ と揺れる胸の前で拝むように手が合わされて、愛嬌のある顔がずい と近付く。
「石鹸は手に入っても。入浴液はあちらに行かないと手に入らないでしょう?こんな機会滅多にあるものではないですものね?」
ラフィオの花の汁が肌にいいとは言っても、それは庶民の話でしかない。
ただの水での入浴よりもマシだ と言う程度で、貴族の使う香油や入浴液とは比べられるような代物ではないのは明らかなのに……
「あー……すみません、ヒロのためにと無理をして用意していただいているので…………日持ちもしないので量もありませんから……」
「えーっそこをなんとか!」
食いつくように身を乗り出してスティオンは手を組んでおねだりのポーズをとる。
そうすると綺麗に染まった薄紅色の爪が目に飛び込んできて……
「 っ」
ひゅ と喉が鳴った。
「本当に、小瓶に少しでいいんですよ?────これくらい」
たぷん と音がしそうな二つの丸みの間から指の先程の小瓶が出てくる。
小さなそれに入る量なんてたかが知れていて、他の人が見たらそれくらい空瓶に残った雫で満たってしまうだろうと笑うかもしれない。
けれど、爪に落とすくらいなら……
「はるひ様、どうしてこの二つなんでしょうか?確かに普段使っている物の方がよろしいと言うだけで、これでなくては駄目だ とは言ってはいませんよ?王城で使われるものなのにまさか粗悪品が出てくるからなんておっしゃいませんよね?」
そう尋ねられてぐっと息が詰まりそうだった。
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