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「やめてください!」
「この二つだからこそ……」
「お願いします!黙っててください!」
急いでサイドテーブルからしまい込んだ手紙を取り出すと、さっとスティオンの手の中に握り込ませる。折り目のない長方形の封筒がその拍子にぐしゃりと歪んでしまったけれど、それに気を配る余裕はなかった。
「 これは?」
「これを、お渡しください。そうすれば……こんな回りくどいことをされなくても済みますから」
ベレラ伯爵と同じ金目を間近に見る勇気はなかった。
「誰に渡せばいいんです?」
幾度も幾度も、屑箱をいっぱいにしながら書き直し、なんとか書き上げたその手紙を……
「…………ベレラ伯爵に 」
スティオンが手紙をしっかりと受け取ったことを確認して、火にでも触れたように慌てて手を引っ込めると、彼女はいつも通りの茶目っ気のある表情でにこにことしている。
けれど今までのようにその笑顔を見返すことができないまま、オレは俯いてラフィオの花の色が薄れてしまった指先を見詰めた。
黒い滑らかな布地に銀刺繍の施された服は豪奢だったけれど、体に負担の無いようにとゆったりとしたデザインのせいか堅苦しさはなく、身分的な義務だからと大量に用意された大振りの装身具をなんとか断って、華奢なオニキスのネックレスだけを身に着けた。
それでも、この姿を見れば平民とは思えないだろう。
そんな格好で、王宮の庭を望むことができるテラスでオレは待ち人を思ってそわそわと視線を動かす。
やっと歩き回れる体力を取り戻して迎えることのできたこの日を、今か今かと待ち望んでいたのに実際にその時間が近づくとどうにも落ち着かなくて、何度も入り口の方を見ては溜息を吐いた。
少し風が冷たいせいで肩を竦めたオレに、傍で控えていた侍女がさっとショールをかけてくれようとした時、小さなノック音がして「いらっしゃいました」と声が聞こえた。
自分では返事をせず、ショールをかけてくれようとした侍女に目で合図すると、非の打ち所のない所作で扉の方へと行って客を招き入れる。
少し戸惑うような足音と、それから、緊張しているのかいつもよりもピンと立っているように見える赤い三角耳と……
「ロカシ!」
嬉しさに思わず名を呼んでしまい、慌てて口を押えた。
心の中はどうか知らないけれど、オレの無作法に鼻白む様子もなく侍女はロカシをテーブルの向かい側へと案内し、紅茶を入れてから警護に立つ騎士達から少し離れる位置に控える。
ラフィオの花のような赤毛ときらりと光る庭園の緑と同じ色の瞳、服装は自領にいる時とは違い王宮を訪れるに相応しい物を着ていたが、優し気な雰囲気は変わってはいない。
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