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「殺す!」 「落ち着け!」 「そいつははるひを殴った!」  クラドのものとは思えないような低い声は「二度も、それで十分だ」と低く続ける。 「細切れにしてっ瘴気共にくれてやるっ!」  銀の刃と同じ色味で光る瞳は見ただけで息が止まりそうになるほどに恐怖を感じさせる。  押し込まれる剣に、防ぐ王の体がわずかに傾ぎそうになった時、腕の中から「あ゛ぁ  」と鋭く泣き声が上がった。  小さな体なのに、大きなその泣き声は、クラドの目を醒まさせるには十分なようだった。  泣き疲れたのか、クラドの腕の中から小さなしゃくりと共に寝息が聞こえ始めた時、その場に居た大人達が緊張を解かれたようにほ と溜息を吐く音が響いた。  王の執務室に、持ち主であるクルオス王とかすが兄さん、エル、そしてヒロを抱くクラドとオレが座っていて、重苦しい沈黙がその場を支配している。  それを破るように、エルが「埒が明きません」と言葉を発した。 「はるひ、貴男はどうしてこの時間にあそこに?」 「    ぁ」  銀縁の眼鏡は鋭く、目を逸らしたくてもそれを許してはくれない。 「オレ は、    」  ここで逃げるためにかすが兄さんを見るのも、クラドに救いを求めるのも正しいことではないのだけはわかる。  一瞬、誤魔化せる言葉はないかと悪足掻きの思いが過らなかったかと言われたら、それは嘘になるのだけれど、でも……オレを見詰める人達の悲しそうな表情に、観念してぽつり と言葉を零す。 「……この、城を出るため、です」  それだけで、体中の力を使い果たすんじゃないかと思えるほどの力が必要だった。 「  どうして?」  かすが兄さんの言葉が皆の問いたいことなのははっきりしている。  けれど、その答えを言う勇気はオレにはなくて、口を引き結んだまま俯くしかできない。 「ロカシ・テリオドスに会いたかったのか?」  助け舟だったのか、そうでなかったのかは……判断ができなかった。 「こんなことをしなくとも、俺は婚姻願い下げを申し出た、だからこんなことをする必要はない」  続けられた言葉は望んでいた言葉だったはずなのに、きゅっと胸が締め付けられて…… 「不愉快な思いをさせて悪かったな、俺は魔人の件が片付き次第大公領に居を移すことになっている、公式行事で顔を合わせることもあるだろうが、それくらいは許して欲しい。ヒロにとっても、本当の父親と共にいる方がいいだろうから、俺の方からテリオドス辺境伯へ口添えをしよう、そうすればもう以前のように粗末に扱われることもないだろう」  一気に吐き出された言葉は抑揚がなく事務的で、クラドの中で幾度も繰り返された言葉なのだと言うことがわかった。

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