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 間近に接して、気さくに話して、安心していた気持ちが急に萎んで、この人も王と同じ虎なんだと思って息苦しく呼吸を繰り返す。 「私、クラドは先の褒章にて王家より籍を抜く許可を頂きました」 「それで?」 「つきましては、それに伴いバトラクスの名で大公家を興したいと思っております」  『バトラクス』の名を聞いて、陛下は物憂げに入り口近くに控えているロニフに視線を一瞬だけ遣り、またクラドへと視線を戻した。  たしん と白と黒の長い尾が揺れて一度だけ音を立てる。 「ヒロのためにか」 「はい」  急に息子の名前を出されて、なんのことかわからないオレはさっと視線をミロクに向けるも、肩を竦められて終わってしまった。 「ではシルルを使えばいいのでは?何もわざわざゴトゥスで名を上げた英雄が王籍を抜ける必要などなかろう」  そう返されてクラドはきつい目元を更に険しくさせて、物思うように膝に視線を落とし、「それは 」と呻く。  傍らで話を聞いていたオレは何が何やらわからず、不安な気持ちを隠すこともできないまま二人の顔を交互に見るしかできない。  何か改まって、しかも重大な話をしているのを間近で見て、その内容に息子も絡んでいると言うのに内容が一切わからないのはひどく嫌な気分だった。 「それは、はるひのために嫌 か」 「はい」  ぴく とクラドのしっかりと立ち上がった耳が後ろに寝たそうに震える。 「王族の義務をそう易々と捨てることができると思って貰っても困るのだが?」  そこでやっと、陛下はこちらを圧するような雰囲気を和らげ、ロニフにお茶のお代わりを頼む。  食器の触れ合う音くらいはしそうなものなのに、ロニフは一切の音を立てずに白磁の器に新しいお茶を注ぐと、やはりコトリとも音を立てずにそれを陛下の前に置く。 「…………」 「王族の義務を言ってごらん」 「   この国の治と、血の繁栄 です」  血の繁栄  そう口の中で繰り返し、ミロクにあやされているヒロに目を遣る。 「バトラクスを興すことに、はるひの意見を聞こうか」 「  !?」  急に話を振られて飛び上がりそうになるのを堪え、正直に話がわからないと言ってしまうべきなのか、それともこのままのらりくらりと当たり障りのないことを言ってこの場を乗り切るべきなのか逡巡し、結局項垂れるように視線を下げた。  廊下よりも更に複雑な寄木の床が目に入り、言葉を探す間それを眺め続ける。 「   ──── 私には、この国で言うところの家門の大事さや、名前の大事さを本質的な部分では理解しきれないので……」 「『腹の探り合いじゃなく、ちゃんとわかる言葉で言えって言ってやれ』」  オレの言葉を遮るようにしてミロクが声を上げると、じっとりとしたその場の空気が霧散し、オレの言葉の続きも奪い取ってしまう。  ミロクは面倒そうに頭をばりばりと掻き、隣に座っている陛下を肩でどすんと突き飛ばした。

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