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 少し前まではその目がオレを見てくれるなんて思いもしなかったのに、いざ見てくれるとわかるとずっと傍にいたくて、離れ難くて…… 「 ……どうして、逃げ出すことができたのかな」  この手の届かない場所にいた自分が信じられなくて、起こしてしまうかと不安に思いながらそっと頬を摺り寄せる。  たった一度、思い出にこの腕の温もりが欲しくて……  思い出しただけでも顔が赤くなってしまうほど、あの時の自分は勇気があったなと思うし、同時になんて無鉄砲で無責任だったのかとも思ってしまう。  このふわふわとあっちこっちに広がってしまう髪を真っ直ぐにしたからと言って、あの銀細工のようなかすが兄さんに似るはずもないのに。  でも、お陰でヒロと言う宝物に出会えたのだから、手段はどうあれあの時の自分を褒めてやりたいと思う。 「あー……」  微かな声にはっと肩が揺れた。  近頃は夜にまとまって寝てくれるようになっていたから油断していたけれど、慣れない場所にくたびれて早々に眠ってしまったのが仇になったらしい。慌ててそちらに駆け寄ると、クラドとよく似た黒い瞳がオレを見てにっこりと笑い、抱っこをせがむように手足をばたつかせる。 「すっかり起きちゃった?お腹空いたのかな?」  頬をくすぐってやると、その指に食らいつこうとしてぷっくりとした唇が追いかけて、その隙間から真珠のような白くて小さな歯を覗かせた。  まだほんの少し頭が出ただけだったけれど、狼の歯はオレの皮膚を容易く傷つけるために母乳はもうおしまいだ。 「ミルク作りにいこっか」  指にちゅうちゅうと吸い付く姿に笑いながらそっとヒロを抱き上げた。  客として訪れた先のキッチンを勝手に使うことに抵抗がなかったわけではないけれど、時間も時間だし、一応事前にお湯を貰いに行くことがあるとロニフには了承を得ていた。  必要ならば言いつけてくださいと言うロニフの言葉を丁重に断った際の表情に引っ掛かりを覚えたけれども、テリオドス領で一年近く過ごしてからこちら、安易に人にものを頼むのが心苦しくなってて……  調理用暖炉に埋められている炭から火を起こして、少量を調理するためにある火鉢の中に放り込む。 「ポット……か、お鍋……」  きょと と辺りを見渡そうとした瞬間、「こちらを」と背後から声をかけられて飛び上がる。 「ぅ、え⁉︎」 「私が沸かしましょう」  慌てて振り返った先には、長い髪を下ろしてゆったりとした寝着に身を包んだロニフが金属のポットを持って立っていた。

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