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昼間もそうだったけれど、音を立てないせいか気配が掴めなくて、突然現れたように思えて心臓に悪い。
「あ、ありが 」
ど ど と脈打つ胸を押さえながら、動揺したままロニフに礼を言おうとして思い留まった。
「あの、自分で出来ますので、ヒロを見ていてもらえませんか?」
クラドと長い付き合いでなければその変化に気づかなかったかもしれない。親子らしいよく似た動作でロニフの目がほんの僅かだけ見開かれて、驚いた様子だった。
オレの提案が良くわからなかったとばかりに首を傾げるロニフに、スリングの中からヒロを抱き上げてさっと差し出す。そうすると突然包まれる物が無くなった不安からか、小さな体がビクンと跳ねて音を拾おうと忙しなく耳が揺れる。
「けれど……」
「お願いします」
そう強く言うと一瞬迷ったようなそぶりを見せてから、ロニフは細い腕でそっとヒロを迎え入れて不思議な物でも見るように首を傾げた。
「ぅあ」
「ロニフでございます」
「あーぅ」
「さようでございます、ヒロ様は聡明でございますね」
腕の中に視線を遣るロニフに表情の変化はなかったけれど、柔らかそうな寝着の裾がふわりと揺れたのを見て、ちょっと嬉しくなって微笑んだ。
ヒロに話しかける姿がクラドそっくりで、なぜだかほっとした気分になった。
きっと理由は……ロニフが、一度もクラドを息子として扱わなかったし、ヒロに対しても同様だったからだ。
仕事中だから と言うにはあまりにも他人行儀な様子は、小さな時の両親の記憶しかないオレでも違和感がある程だった。
「やはり私が沸かしましょうか?」
ロニフを見て手を止めてしまったのに気づかれたらしく、オレは慌てて首を振ってコンロの方へと向き直る。
小さな鉢の上に水を満たしたポットを置いて、火力の調節のために火を弄っていると、クラドと同じ仕草でロニフが首を傾げて見せた。
「火の調節がお上手でございますね」
「あっ」
ぽこ と小さく湯の沸き立つ音だけが響いて、気まずげに足元に視線を落とす。
テリオドス領で身の回りのことを自分でこなしていた自分にとっては普通のことだったけれど、こちらの世界の貴族達は湯は呼んで持ってこさせるもので、決して自分で作り出すものではない。
王宮で暮らしていたオレは、こちらの常識に当てはめて言うとずいぶんと奇妙なことをしたことになる。
「その 」
「広い見聞をお持ちですね」
その声には軽蔑の色はなかったけれど、クラド同様表情が読み取りづらいせいもあって怯えたような視線を送ってしまったらしく、ロニフは一拍の後にあまり上手ではない微笑を作ってくれた。
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