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「これは 」
「ミロク様に端材をいただいて作りました」
木の表面はなめらかになるまで丹念に磨かれているせいか、触れると柔らかささえ感じるほどで、丁寧に作られたのが分かる代物だ。
「気に入っていただければ幸いです」
言葉は堅苦しいままだったけれど、少し自然に見える微笑みにほっと胸を撫で下ろした。
◇ ◇ ◇
はっと飛び起きた時、探し回るほど広くはない部屋の中にはるひの姿はなく、気配を窺ってみるも掴むことは出来ない。ゾワリと背筋を駆け上がってくる悪寒に押されるようにベッドから飛び降り、はるひが消えたのにすぐに気づくことのできなかった自分に悪態を吐く。
用意されていた赤ん坊用のベッドにヒロがいないのを確認し、跳ね上がる心臓を宥めるように胸を拳で押さえる。
……未だに、恐ろしいのだ。
目覚めた時にはるひが傍らにいないと言う事実が。
騎士として訓練を積み、ゴトゥスでの経験もあると言うのに、それらのどれと比べてもはるひの行方が分からないと言うことが一番怖かった。
「陛下に 」
ぞわぞわと体を這いあがってくる悪寒を振り払うように廊下へと飛び出す。
まさか とは思うのだけれど、陛下に呼び出された なんてことはないとは思いたい。
父である陛下の、「気に入ったから」の一言で王城の廊下で手籠められた者もいたと聞く……
ヒロを連れて行ったようだし、ミロクがすぐ傍にいるのだからそんなことはないと思いたいが、虎の性欲がそれで牽制されるとは思い難い。
「 ────閣下の 」
ひくり と自然と耳が音を拾う。
女性にしては少し低めの声は、聞き馴染んだとは言い難い母の声だ。
続いて聞こえてきたはるひの声にほっとして膝から力が抜けるのを感じて、階段に腰を降ろす。
ヒロを連れてキッチンへ行ったと言うことは、ヒロが腹を空かせたのか と得心が行き、慌てて飛び出してきた自分が情けなく思えて項垂れた。
「母上と 話しているのか 」
ぽそぽそと耳に届く音は明らかに会話の形を取っている。
いつも言葉の少ない母にしては饒舌で、こんなに人と会話を続けているのを聞いたのは初めてのことだった。母の子供である自分相手だとしても、こんなに話す人ではないのはよく知っていた。
あくまでも一線を引いた、俺の母親ではなく臣下としての態度を崩さない姿しか見たことのなかったせいか、堅苦しくはあってもはるひと会話する姿は驚きと、そして僅かな羨ましさあって……
「 ────産みの親であるなどと図々しいことを言うことは許されないのです」
きゅう と喉元を締め上げられた気分になるのは、幼い頃から母は俺の親であることを忌避しているようだとわかっていたからだ。
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