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 そこには一羽のウサギが倒れていて、オレに駆け寄ってくる際に放り出したんだってことが分かった。 「何か食べさせてやりたくて」  狩りに出ていたのだと言われて、最後に縁に残っていた涙が滑り落ちた。それがどれだけクラドを慌てさせるかわかっていたのに、あの取り乱した一瞬の恐怖は自分自身でも受け入れがたいほど衝撃で…… 「驚かせてやりたかったのもあるが……俺の考えが足りないばかりに泣かしてしまったな」  ちゅ ちゅ と涙の痕を吸い取るように舐められると、騒いでいた心があっと言う間に凪いでいく。 「ごめんなさい……オレ、てっきり……夢でも見てたのかなって。ずっと独りでいたから……」  目の前の木々は季節柄、色も哀愁を帯びる色味にはなってきているがまだ緑の葉も多く、光が差し込めば生命に溢れた美しい姿を見せてくれるがそれだけで。休憩として眺める分にはいいかもしれないが、誰もいない日々の中で見つめ続けるには寂しすぎる光景だった。  衰弱して、死ぬ間際までこれを見るのかなって思っていたけれど……  オレの様子を食い入るように見つめているクラドを見上げ、夢じゃなかったことが嬉しくてにっこりと笑顔を返す。 「でも、クラド様がいてくださるのでもう大丈夫です!」  安堵の表情で返したクラドは「食事の準備をする」と言って埋火にしてある焚火に再びを起こし始める。 「お手伝いします!」  パニックが過ぎ去ってしまえば、傍にクラドがいるっている現実だけが残って、ふわふわと浮足立つような感覚にぴょこんと飛び上がってウサギの方へと向かう。 「大きいウサギですね」 「ああ、この辺にいるかどうか不安だったが、見つかってよかったよ」  火を起こしているクラドの背中を見て、さてオレができることは……と思いながら足元に転がっているウサギを眺めた。 「火を見ててくれるか? 湯を沸かしてその間にウサギを……」 「はい?」  さっと振り返るとクラドがびっくりした表情で立っていた。  普段、オレはそうは思わないんだけどいつもいかめしい顔をしている とだけ言われるクラドが、今は誰が見ても驚いている顔をしていると思う。 「は、はるひ、なにを……」 「あ、お肉を切り分けて串に  」 「そ……そうだな   」  動揺を隠さないクラドの目はオレの手元に注がれていて……そこには皮を剥いで綺麗に切り分けたウサギの肉が葉っぱに乗せてある。 「あっ内臓は一応置いてありますから、胆とかを団子にしましょうか?」 「え……うん  」  返事は返してくれるけれど、その言葉はどこか曖昧だ。

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