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 それは獣のように地べたを這いずっていた。  多少なりとも人の形をとる者がそのようなことをすることに、獣として生まれたはずなのに二足歩行が常となった世界に生きている俺は酷い違和感と言うか、嫌悪に近い感情を抱いてしまう。  こちらに腕で這い寄った魔人は両足が途中から潰れてしまっているようで、そのためにそう言った形で移動をするしかないのだとわかった。  とは言え、片手も途中から千切れて無くなっているから、這うと言うのも移動手段としては曖昧だ。  もうわずかににじり寄り、伏せていた顔をゆっくりと上げる。  そこにあるのは、片目が潰されていてもはっきりとわかるカメロ男爵家の三男の顔だ。懐っこい表情をしていたと記憶しているのに、そこにあるのは異形となり果てたあまりにも記憶とは程遠い姿で…… 「  ひっ」  はるひが悲鳴を上げてぶるりと体を震わせる。  鈍色の肌も、髪とは当然言い難い頭部を覆う触手も人が素直に受け入れるにはあまりにも不気味だ。  じゅるりと触手と動かし、それに縋るようにして無事な腕で少し寄る、じゅるりと触手と動かし、それに縋るようにして無事な腕で少し寄る、じゅるりと触手を動かし、それに縋るようにして……  魔人の動き自体は緩慢だった。  母を圧倒したとは思えないほどの動きで、魔人はこちらに……いや、はるひ向かって真っすぐに進んでいる。 「っ……」    何が目的かなんて考えなくともわかることだった。  この魔人ははるひを食おうとしている!  そう思ったらざわりと体中の毛が逆立つような感覚に襲われた。  酷く不愉快で、酷い苛立ちで、ただただこの存在を許せないと言う考えで頭が割れそうなほど沸騰する。  俺の!  はるひを! 「 ぁ゛る   ひ ぃ゛」 「  ────っ!」    割れた鐘が響かせたようなぐわんぐわんと脳の中を揺さぶる声は確かにはるひの名前を呼んだ。  俺のはるひの名を!  悲鳴を飲み込むようにして息を詰めたはるひを俺の後ろに庇い、腰の長剣を一気に引き抜いた。  王宮の鍛冶師が王族の為に鍛え上げたそれは並外れた切れ味を誇り、当代巫女に特別に聖別されているために刀身に弾ける光に虹色が乗る美しいものだ。  魔人の人ものではない金の瞳が大きく見開かれて、オレの長剣を映したがその表情に変化はなかった。  まるで何をされるのかわかっていないかのように…… 「ああああああああっ!」  腹から出した声が辺りを震わせる。  振り上げた長剣の表面にギラリと光が反射して、けれど振り下ろす勢いにさっと霧散していく。    

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