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いつ何が起こるのかわからないこの状況では、何よりも優先させるべきは速やかにはるひを連れ帰ることだ。
「 っ、そこに足をかけて、跳べるか?」
はるひを促しながら、さっと銀色のナイフを撫でるようにしてやれば俺達を狙っていた瘴気がさらさらと溶けて消える。
「はい。クラド様……あとどれくらいでしょうか?」
ぽつんと尋ねられて答えに詰まった。
俺一人だけなら夜通し動けもするが一般人……いや、それよりも山歩きに慣れていないはるひを連れてどれだけかかるかは検討がつかない。テリオドス領でそれなりに体を動かしていたようだからどうにもならないほど動けないと言うわけではなかったけれど、それでも進みはゆっくりだ。
ましてや下りの多い状態で急ぐこともできず、はるひはどこか焦れているように見える。
「ちゃんと山を下っている、心配はいらない」
「……でも……」
元々山道に慣れている俺と自分を比べても仕方のないことだと言ってしまうと、どこか突き放したような気分になるだろうかと言葉を飲む込む。
「焦る気持ちはわかる、俺だって早く落ち着いてはるひを抱きたいからな」
「だ っそ、そんなこと」
「俺だってと言っただろう?」
「その言い方だと、オレもだか んんっ……って、思っているみたいです!」
「違ったか? そうか、俺だけだったか」
片眉を上げて問いかけてやると、白い肌にさっと朱が広がって……こちらを睨んでくる黒い瞳に笑い返す。
こちらの世界に召喚された時から見守ってきて、俺に向ける好意を含んだ瞳が好きだ。周りからは同じ黒色だから親しみやすいだけだろうと言われたがそれだけじゃない、その奥にある気持ちが俺を堪らない気分にさせるんだ。
俺の宝だ と、人前で言えと言われたら幾らでも言うことができるだろう。
はるひを守るためならば、俺はなんだってできる。
「わっ」
「大丈夫か?」
「はい……足ばっか引っ張っちゃって……帰ったらもっと体力つけるようにします!」
ふんっと鼻息も荒くはるひが拳を作った瞬間だった。
──── それは、気配だ。
体中が総毛だつ感覚にとっさにはるひを懐に入れて辺りを窺う。
幸いここは少し開けているためか多少ならば長剣を振り回すこともできるが……
「 っ、クラド さま 」
はるひも気配を感じたのか、それとも俺の様子に気づいたのか、さっと顔を曇らせて身を固くして左右を見回している。
周りは木と岩ばかりで……隠れようと思えば隠れられる場所は多かったが、どうやら相手は身を潜める気はないようだった。
じゅる と触手が動く。
それは一見すると瘴気にも似ていたが明らかに大きさが違うし、その中を何か黒いものが漂うように動いているのがわかる。
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