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兄が走れ と手を振るのが見えた瞬間駆け出す。
優しく俺達を包んで、魔人を制圧していた雨が笛を吹いた途端降る量を減らしていき、まるで何かに道を開けるように銀色の雲が割れて冬が持つ薄暗いそっけない青色の空が覗く。
まるでスポットライトのように冬の昏い空の光が、蹲って泣き叫んでいる魔人を照らし出す。
俺が駆けながら最後に見たのは、天から降り注いだ凶悪な光に飲まれようとしている魔人に向かって走り出すエステスの姿だった。
────ドオオオオオォォォォン‼︎
地面に体を投げ出しながら、耳を押さえて硬く目を閉じてわずかに口を開いて身を縮込める。
それでも逃しきれない振動のせいで体が跳ね、地面にがつんと額をぶつけてしまった。
幾つも悲鳴が上がって、網膜を焼くかのような光量に瞼を閉じていても視界は真っ白だ。
爆風で辺りは吹き飛び、空気すらも割かれてしまったそこは、地獄のよう……ではなく、神の天罰が下ったと言う言葉に相応しいほどのありさまで、熱量と音量と光がゴトゥスの山々を煌々と照らしたことは、遠く離れた王都でも見ることができたと後で聞いた。
はるひがこの寝台に横になっていると、未だに以前に瘴気に襲われて死にかけた時のことを思い出す。
紙のような顔色に、氷のような体温、美しい瞳を見せる両目は開く気配を見せず、自分がどれほど甘く考えていたのかを痛感させる出来事だった。
はるひを……はるひとヒロのいる世界を守るためならば、俺は身を盾にすることも辞さない考えだ。
こんな、痛々しいはるひを見るくらいなら……俺にはもっとできることがあったんじゃないだろうか?
傷ついて欲しくないし、傷つけたくない、愛しい存在なんだ。
「はるひ、愛しているぞ」
閉じられたままの目元にそっと口づけて、はるひが目覚める前に片付けておかなければならないことを思って溜息が零れる。
ゴトゥス山脈でのことは、かなり遠くから神の御威光を目撃した者が多く、箝口令を敷くどころの騒ぎではなくなってしまっていた。だから……はるひが巫女の力を使ってかすがと共にゴトゥス山脈を覆うほどの奇跡を起こしたことは、国民ならば誰だって知っている事柄だった。
はるひが、巫女。
本来ならば、一代に二人も と喜ばねばならない立場なのだろうが……
「こうして眠ってくれていて……幸いだったのかもしれないな」
ゴトゥスの後片付けやその際に負傷した者の保証、麓の村への協力に対する褒章などを連日休みも取らずに話し合っている最中だった。その話し合いが紛糾していることと、はるひの意識が戻らないことも相まって……俺とはるひにかかってくる重大な案件は優先度が低いと後回しにされているのは幸いとしか言えない。
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