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第32話(トム)

北京支部から山東省の煙台市にジェットで移動する。煙台市市内から数キロ離れた龍王洞近くのジェットを隠せる程の小さな空き地に着陸した。 「ここからは車で沿岸部まで行きます。 皆さんはこのジャンパーを着てバンの後部座席に。あ、このIDも各自胸に付けて下さい」 エージェント•神龍に渡されたIDには中国疾病預防控制中心と書かれている。 「この先に検問があります。皆さんは国立感染症対策センターのビジター研究員という設定です。では、行きましょう」 ジェットに積み込まれていた大型のバンに全員が移動する。 エージェント•神龍が運転し助手席には紅牡丹が座る。 紅牡丹は真っ赤な髪をキャップに押し込み、メガネをかけて華やかな容姿を隠す。 僕らは全員、後部座席に移動した。 「あ、そうだ忘れてた!コーヴィンさんには変装用にメガネをどうぞ」 運転席からメガネを受け取る。 「あなたは中国でも有名人ですから」 「ok」 自慢じゃないが、確かに僕は有名人だ。 先月は中国映画のプレミアに招待された。 自慢じゃないよ。 「煙台港からは船をチャーターして、崆峒島という小さな島まで行きます」 「長官は先に預言者の元で待っているそうです」 バンの後部座席で向かいに座ったアイスマンは相変わらず無愛想。 左隣に座った美男子を暇つぶしの世間話相手に選んだ。 「君はいつからWIAに?」   「6年ほど前からです」 「君もネオヒューマンズ?戦っている姿を見たが、普通じゃなかった」 「私は、厳密に言うとネオヒューマンズには当てはまらない。人造人間と言えばわかりますか?」 「まさか、ネオヒューマンズだけじゃなく人造人間まで存在するのか」 信じられないな。そんな進んだ先進医学がなぜ隠蔽されたのか。 「私自身も自分の生い立ちを知ったのは6年前です。WIAに入ってからは自分なんて可愛いものだと思う様なものにも沢山遭遇しました。次期に慣れますよ」 「ネオヒューマンズや人造人間よりも凄いものに遭遇したって?映画の世界だな」 たまたまエージェント•ワイルドの肘が触れる。 おっと、感情が流れ込んできた。 【マイク、愛してる】 マイク?同性愛者か?  エージェント·ワイルドの不安、焦り、恋焦がれる感情の波が僕に流れ込む。 こんな美男子を夢中にさせる男が居るとは。 頭の中で次第にビジョンが見えて来た。 花?色とりどりの花に囲まれて、男が立っている。 最近は強い思念は触れなくても聞こえて来たり、映像として現れたりする。 彼がマイク? 黒髪に少しアジア系の血が混ざっているのか、濡れた様な黒い瞳が印象的な男だ。 エージェント·ワイルドの様な華やかな美男子ではないが、どこか不思議な魅力を感じる。 「そういえば彼は元気ですか?確かカイト?」 エージェント·ワイルドとカイトは、僕のクルーズ船で一度だけ遭遇している。 「え?あ、ああ、元気だよ。彼とは今、一緒に暮らしている」 「一緒に?」 不思議そうに尋ねられた。 まあ、僕が今まで派手に女優やモデルと付き合ってきた事は周知の事実。 まさか、かなり年下の男性が恋人だとは思わないのだろう。 「恋人なんだ」 「ああ、失礼、立ち入った事を」 「いや、別に隠すつもりも無いから」 それに僕は君の恋人を覗き見してしまった。 その後も他愛無い世間話のお陰でいつの間にか検問も無事に通過し、港に到着した。 今度は小型ボートに乗り込む。 10分程進むとエージェント·神龍が全員に声を掛ける。 「そろそろミストの領域に入ります。何があっても、何を見ても、紅牡丹だけを信じてください」 「え?」 「紅牡丹の言う事だけを信じれば大丈夫」  意味が分からないと言おうとしたら、突然深い霧が船を取り囲み前が見えなくなった。

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