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第2話
「なっ……血が出ています!」
気がつけば、隠れていることを忘れて飛び出していた。
男はたいそう驚いたようにアルバラを見つめていた。けれどそれどころではない。男の腹部からは血が溢れているし、足も変に腫れている。
「こ、これ、これはいったい……あの、痛いですか? 僕に何ができますか」
出てきたはいいものの、どうしたら良いのかは分からない。おろおろと情けない顔をしているアルバラに、苦しげだった男は呆れたような吐息を漏らす。
「どうもこうも……おまえの袖を寄越せ」
「……袖?」
「裂けと言ってる」
どうしてそんなことを、とは思ったけれど、それで男が楽になるのならばと、アルバラは一生懸命に自身の洋服の袖を肩から引きちぎった。そうしてもう一つの袖もちぎって渡すと、男はそれを結び合わせて自身の腹に巻いている。
袖に血が滲む。痛々しくて、アルバラの顔はさらに歪む。
「……それで、おまえは」
「え、あ、えっと……」
「まあいい。肩をかせ。近くに仲間が居る」
「は、はい!」
有無を言わせぬ雰囲気に、アルバラは言われるままに男の腕の中に入った。
男は見た目ほどひどい怪我ではないのか、ふらつくこともなく立ち上がる。しかしアルバラよりもうんと身長が高く、うまく支えられているのかも分からない。ほとんど男が自分で立っているような気もするが……アルバラを掴んでいる方の手をしっかりと握り締められていては、きっと少しでも役に立てているのだろうと思うしかできなくて、アルバラはそのまま男の言うとおりに裏路地を歩いていた。
「……おまえ、どこの組織の人間だ?」
「……組織?」
アルバラよりも十センチ以上も身長の高い男は、体つきもがっしりとしている。スーツに包まれているけれど支えていればそんなことも明らかで、アルバラは今は男を支えることに必死だった。
そのため会話も頭に入っていないようだ。前だけを真剣に見つめているアルバラの横顔を見て、男はそれ以上何も言わなかった。
「ボス!」
「怪我をしてるぞ! 準備しろ!」
「残党は」
「追ってます」
裏路地を抜けると、ひと気のないところに黒塗りの車が停まっていた。そこに居た黒服たちが集まると、アルバラからそっと男を受け取る。
どうやら男の言っていた仲間と合流できたらしい。アルバラはひとまずほっとして、安堵したように微笑んだ。
「良かったです、お友達とまた会えたみたいで」
「……ボス。彼は」
「知らん」
アルバラの服には袖がない。それを不審に思った黒服はしかし、男の腹部を見て納得したようだった。
「それじゃあ僕はこれで」
アルバラは丁寧に頭を下げて踵を返す。立ち止まっている暇はない。アルバラを探していた男たちが、いつどこから現れるか分からないのだ。
「……そんな格好で街をうろつくつもりか?」
呼び止めたのはアルバラが袖をやった男だ。どこか難しい顔で、アルバラの体を見つめている。
アルバラの服には両袖がない。そして男を支えていたからか、洋服全体にはべったりと血液が付着していた。
「はい。僕にはこれしか服がないので」
「……それしかない?」
「ボス、警戒すべきです。油断させているのかもしれません。あどけないフリをしてどこと繋がっているか……」
言われた意味は分からなかったけれど、疑われたということは分かるためにアルバラは途端に悲しい気持ちになった。
男は無表情だが恐ろしいとは思わなかった。しかし黒服は違う。最初からアルバラを刺すような目で見てくるから、正直苦手な部類である。
「……あの、僕はこれで、」
「服くらいは用意してやる。乗れ」
「ボス!」
男は難しい顔をしたままで、睨みつけるようにアルバラを見ていた。そんな顔をするくらいならこのまま行かせてくれたらいいのに。そうは思うものの、言葉をうまく紡げない。
黒服が怖くて動けないアルバラを焦れったく思ったのか、男が大股で歩み寄る。
「わ、いたっ……!」
大きな手に二の腕を掴み上げられて、アルバラは思わず眉を寄せた。
「……細、」
「痛いです!」
何かを言いかけた男に構うこともできず、とっさに腕を振り払う。男は振り払われた手を見つめて動かない。背後からやってきた黒服たちはやっぱり恐ろしくて、アルバラは自身を抱きしめていた。
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