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第3話

「ボス、どうされました」 「……いや……」 「急ぎましょう。たった今、ユーリウス殿下が動き始めたと伝達が」  ユーリウス、という名を耳にして、アルバラの肩が微かに揺れる。 「……とにかく、おまえは一度車に乗れ。悪いようにはしない」 「……ぼ、僕は、逃げないといけなくて……」 「やはりこの青年、怪しいですね。これ以上は関わるべきでは、」 「黙れ」  騒ぎ立てる黒服を一蹴すると、やはり男は鋭い瞳でアルバラを見下ろしていた。 「俺の言うことには従え。服をやると言っているんだ。何か不満か」 「だけど、」 「面倒だな」  男が指先を揺らすと、両サイドに控えていた黒服が一歩前に出る。  次にはアルバラの体が浮いた。黒服に軽々と抱えられたのだ。 「わ! い、嫌だ、助けて!」 「一度屋敷に戻る。ユーリウスの動きを見逃すなよ。事実確認のためにリーレンにも連絡をしておけ」  男が黒塗りの後部座席に乗り込むと、アルバラはその隣に詰め込まれた。運転席と助手席に黒服が乗って、車は素早く発進する。背後にも二台ほど同じような車が続いていた。 「リーレンはボスの治癒のために共にいたはずでは」 「途中で呼び出しが入って中途半端に放り出された」 「切りますか」 「阿呆。あれほど利用価値のある駒も居ない。せいぜい、王宮側とうちを泳がせておけ」  窓を見れば、ものすごいスピードで景色が流れていた。アルバラは車に乗ったこともなかった。その存在も知らなかったから、体感したこともないような速さで進んでいるということに驚きを隠せない。  目まぐるしく景色が変わる。それについていけなくて、目が回ってしまった。 「おい?」  ぐらりと揺れたアルバラの体を支えたのは、隣に座っていた男だった。もたれかかったアルバラを訝しげな顔をして見ている。 「わ、すみません。僕、なんだかクラクラして」 「……クラクラ?」 「こんな乗り物に乗ったのは初めてで、その……目が驚いたんでしょうか」  冗談ではなく本気で言っているような様子に、男はますます眉を寄せた。  出会った時から、アルバラはどこか規格外だ。素直というのか無垢というのか……普通の人間ならば見て見ぬフリをするであろう血塗れの男に声をかけたり、明らかに厄介者なのに仲間との合流まで手を貸したり、どのタイミングも一生懸命で、一片も疑うことをしない。  これほど白い存在もなかなか見ないものだが——さすがに車に乗ったこともない、と言われれば、ワケアリである可能性しか浮かばない。 「おまえの名前は」 「……アルバラといいます。あなたは?」 「ルーク・グレイルだ。好きに呼べ」  前の席に乗っていた黒服が微かに振り返った。しかし何を言うでもない。すぐに前を向いて、警戒を続けている。 「アルバラは今までどこで暮らしていたんだ」  ——いいかい、アル。おまえの存在は秘密になっている。誰に何を聞かれても、本当のことを言ってはいけない。  もうずっと、耳にタコが出来るほどに言われ続けている言葉を思い出して、アルバラは少しばかり動きを止めた。 「どうした?」 「……ぼ、僕は、その……」  口籠るその様子に、ルークの目も細くなる。 「そういえばさっきは『逃げないといけない』と言っていたな。何から逃げていたんだ」  どれほど聞かれても、アルバラには言えることはない。  アルバラは困ったように俯いた。苦しそうな顔をしている。明らかに何かを隠している様子だけれど、ルークはじっくりと間を置いたのち、ふぅと軽く息を吐き出した。 「……まあいい。……そうも怯えられると気が引けるものだな」  前の黒服がやはり少し振り返る。今度は横目にルークを見つめていたけれど、ルークからひと睨みされて縮み上がったのか、すぐに前を向いていた。  

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