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第4話

 そのタイミングで、黒服のデバイスが震えた。黒服は救いを得たかのようにすぐにそれを開くと、連なった文章に目を滑らせる。 「ボス、報告です」 「続けろ」 「リーレンより連絡が入りました。どうやら王宮側は、反乱軍への対抗手段を得るために動き出していた模様。自身の妃である女を捕らえたようです」 「……妃を? 何のために」 「それはまだ調査中とのことで」  ルークはシートに深くもたれかけて、ゆったりと腕を組む。その隣ではアルバラがどこか青ざめた顔で小さくなっていた。  それまでのルークの問いかけに怯えたままなのか、今の話に怯えているのか。ルークにはどちらなのかは分からなくて、けれどアルバラに何かを聞くことはしなかった。  少し走ると、木の中に隠れるように別荘のような建物が見えてきた。ハリウッド俳優のセカンドハウスのような、広く綺麗な場所である。  ルークが車をおりると、アルバラも黒服に連れられて降車する。流れでついてくることになったけれど、アルバラはここでどうされてしまうのだろうか。 「こいつに服をやれ」 「はい。ボスはいかがされますか」 「アレスに治療をさせる」 「承知いたしました。すぐにボスの部屋へ向かわせます」  黒服に背を押されて、アルバラは状況も掴めないまま中に連れられる。ルークとはここで別行動らしい。遠ざかってどこかに向かうルークの背を、アルバラは不安げに見つめていた。 「あなたはこちらへ」 「あの……僕、この服でも大丈夫なので、」 「こちらへ」  有無を言わせない雰囲気に、ついて行かざるを得ない。  アルバラが案内されたのは広くて綺麗な一室だった。テーブルとソファが真ん中にあるだけの、装飾も少ないシンプルな内装である。 (……ここはどこだろう……それに、お母様は……)  こうして離宮から無事逃げられたのは運が良かった。今頃、アルバラを探していた男たちは困惑しているのだろう。そうなれば、気になるのは母の安否なのだけど……。 (お母様……)  最後に見たのは、アルバラを必死に隠す姿だった。アルバラを隠し部屋の床下に押し込めて、それきりである。生きているのかも、傷つけられていないのかもアルバラには分からない。  いったい何が起きているのか。アルバラが考え始めた頃、ようやく黒服が戻ってきた。 「こちらをどうぞ」  渡されたのは、上質なシルクを使った真っ白なシャツと、同じほど質の良いスラックスだった。  まさか穿き物まで用意されるとは思ってもいなかったのだけど、きっと拒否をしても渡されるのだろう。これまでの拒否のすべてが失敗していることを思えば、そうしようとも思えない。 「……ありがとうございます」 「いえ。どうぞ、着替えをしてください」  どうやら、着替えだからと言って退室することはないらしい。とはいえまったく気にならないために、アルバラはすぐに血のついた服を丁寧に脱いだ。 「……あの……ここはどこですか」 「答える義務はありません」  ピシャリと会話を断たれて、その場に重たい沈黙が落ちる。  アルバラを警戒しているからか、やはりアルバラへの態度は固い。そんな冷たい態度を取られたこともないから、アルバラは内心ではずっと怯えていた。  着替え終えると、すぐに部屋を連れ出された。ゆっくりする暇もないらしい。  広い邸の中を少し歩いて、とある一室にやってくる。そこは先ほどアルバラが案内された部屋と似たような内装で、ほとんど物はなく、声が響いて聞こえてきた。 「着替えたか」  その部屋のソファにはルークが座り、すぐそばではまだ少年にも見える人物が、ルークの腹の怪我の治療をしているようだった。 「あの、初めまして。僕はアルバラと言います」  初めて見る人物が居たために、アルバラは深く頭を下げた。少年のような彼は一瞬手を止めると、目を丸くしてパチパチと瞬く。まるでおかしな生き物を見つけた反応だ。 「……これは驚いた。まさかこんなに可愛らしい子を連れてるなんて。……好み変わった?」 「そもそも俺の好みなんか知らんだろう。いいから続けろ」 「勝手なイメージだけど、気が強くて同じ目線から物を言える人が好きなのかと思ってたけどね。……ほら、前にここで偶然会った女とかそんな感じじゃない? おれ、あれからルークの愛人と目を合わせるのも嫌でさ」  ルークの腹に包帯を巻きながら、カラカラと笑う。 「ああごめんね、おれはアレス。こう見えてこいつとは同じ歳で幼馴染なんだ。闇医者をやってる」 「……闇、医者……?」 「ふふ、分かんないって顔してるね。……本当、こんな可愛い子どこから連れてきたの? もちろん中身も純粋そうで可愛いんだけど、何より見た目超最高じゃん」 「相変わらずよくしゃべる」  うんざりしたルークにも臆することなく、アレスは楽しそうに治療を終えた。 「ねえきみ、アルバラくんだっけ。ルークとは付き合ってどのくらい? エッチはした?」 「へ? え、と……僕はただ、街で会って……」 「あ、ナンパされたクチ?」 「俺がナンパなんぞするか。終わったなら出て行け。いいかげんここに勝手に住み着くな」 「とか言って、今回はおれがここに居たから助かったくせに。……リーレンに言っといてよ、最後までちゃんと治癒しろってさ」  最後までニヤニヤとしながら、アレスは「また会おうねアルバラくん」とウィンクを残して、その部屋から騒がしく出て行った。  静かな部屋に、ルークの深いため息が響く。それでようやくアルバラがはたと我に返った。

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