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第6話
「な、何、何が……」
怯えるアルバラをよそに、ガシャン! と部屋の窓が割れる。そちらを見れば、軍服の男が二名ほど侵入していた。
「礼儀知らずだな。そこは玄関じゃねえぞ」
ルークがとっさにテーブルを立てて背後に隠れると、隠し持っていた銃を構えた。
アルバラには何も分からなかった。何が起きているのかも、相手が誰なのかも分からない。こんな事態は初めてで怖くて、アルバラはルークの隣で耳を塞ぐと、目をぎゅっと閉じて丸くなっていた。
「ボス! 三十秒後に外にヘリが来ます! 乗ってください!」
銃声の中で黒服の言葉をしっかりと聞き届けると、ルークはすぐにアルバラをひっぱり上げた。
「走れ」
「えっ、わ、待って、僕は、」
強い力で引っ張られては、ひ弱なアルバラの抵抗など無意味である。
窓から入ってきた軍服の男たちは、血を流して倒れていた。ルークが撃ったのだろう。人が死んでいるところなんか見たこともないアルバラは、反射的に目を逸らす。
背後の扉からも軍服の男が入ってきた。それをなんとかいなしながら、ルークは窓へと向かう。
「つかまれ」
「え、何、待っ、ここ二階、」
「舌を噛むなよ」
片腕で抱き込まれたアルバラは、窓に乗り上げたルークに必死にしがみついていた。これから何をしようとしているのかが分からないほど鈍いわけでもない。離したら落ちる。それだけは嫌だと、すべての力を腕に込めた。
背後の軍服の男たちが、黒服にやられていく。そんな光景を最後に、ルークはとうとう飛び出した。
——絶対に死んだ。
覚悟したアルバラは、ルークの胸に顔を埋めてぎゅっと目を閉じる。
しかし、ガクンと衝撃が一度起きただけで、痛みはいつまでも訪れなかった。
騒がしいローターの音が届く。聴覚が一切奪われて、アルバラはさらにルークに抱きついた。
「相手はユーリウスか」
「不明です。ユーリウス殿下からのアクションがありましたか」
「少し前に通信が入った。その直後に襲撃された」
「調べます」
ごそごそと動いて少し、ルークはようやく腰を下ろした。アルバラは抱きついたままだ。ルークの膝に乗って、小刻みに震えている。
「おい、もういいぞ」
呼び掛けても返事はない。
「アルバラ。聞こえているか」
背中をツンツンとつついてみれば、大袈裟なほどに体が跳ね上がった。
「わ! し、死ぬ!」
「死なない」
泣きそうな表情で、アルバラは「……あれ?」と間抜けな声を出す。
周囲を見渡すと、ヘリの機内であることが分かった。思っていたよりも広くて、数名の黒服が居るけれど、狭いとは感じない。緩慢な仕草で一つ一つを確認すると、ようやくアルバラの体から力が抜ける。
「……良かった……僕、死んだかと……」
ほろりと、その瞳から涙が溢れた。
「っ……おい」
「す、みません……なんか、安心して……」
ルークの胸に額を押し当てて、アルバラは静かに泣き続ける。
なにせ箱入りの王子様だ。血を見たことも、銃声を聞いたことすらもない。アルバラにとってはすべてが初めての経験で、ショッキングの連続である。
「……はぁ。鼻水はつけるなよ」
「……はぃ……」
ルークはうんざりとした様子ではあったけれど、引き離すことはしなかった。
「王族とユーリウスに動きはあったか」
「いえ。緊迫した状態が続いてはおりますが……」
何かきっかけがなければ動けないということだろうか。
そのきっかけとは——ルークはアルバラを見下ろして、そっと腰を叩く。
「おまえは何者だ? 今回のこと、すべて話せば良いように転がるかもしれないぞ」
ぐず、と鼻をすする音と共に、ほんの少し距離が開く。真っ赤な目が、上目にルークを見つめた。
「……僕は、」
「ボス! 掴まってください!」
操縦席の男が焦ったような声を出すと同時、機体が大きく傾いて旋回する。
ルークはとっさにアルバラを落とさないようにと抱きしめた。ガクンと重心が崩されて、アルバラもルークにしがみつくことしかできない。
「追っ手か」
「国の機体です! これでは相手が殿下か国王かも分かりません……!」
バラバラと銃声が届く。どうやら相手は機関銃を積んでいる機体のようだ。操縦士はうまく避けるようにヘリを動かしているが、その影響でルークも堪えるのに必死である。
なにせ、アルバラを抱えている。アルバラはいかにもか弱そうな見た目ではあるし、何よりルークにとっては茶飯事である軽い銃撃戦でも泣いていたほどの気弱さだ。ここで投げ出せば簡単に転がって、落ち着く頃にはあちこちを打撲して泣く未来は想像に難くない。
「応戦しろ」
ルークが指示を出すと、黒服がルークの向かい側にあるシートを開いて、中からミサイル・ランチャーを取り出す。ルークはさりげなくアルバラの耳を押さえた。
アルバラはまたしても目を固く閉じることしかできない。先ほどから何が起きているのか、どうしてこんなことになったのか、考えも及ばなくて頭の中は大混乱である。
分かっていたのは、ルークは自分を守ってくれるということだけだった。根拠もないけれど、安心感だけはしっかりとある。
がこん、とスライドドアが開く音がした。途端に強風が吹き込んで、それに驚いたのと同時に機体が大きく傾いたために、アルバラは大きくバランスを崩す。
「アルバラ!」
ルークが追いかけるが間に合わない。さらに機体が傾いては、まっすぐ進むことも困難である。
アルバラはそのまま吸い込まれるように、ヘリの外へと放り出された。
「危険です! ここはアーリア海溝の真上ですよ!」
「おい早く撃ち落とせ!」
「ボス! これを!」
躊躇いもなく飛び降りたルークに、黒服が端末を投げた。撃ち合いをしているヘリが、ぐんぐん遠ざかっていく。
ルークは少し先を落ちているアルバラを見失わないようにと、しっかりとその姿を追いかけていた。
幸い、落ちる先は海だ。
しかし最悪なことに、アーリア海溝には獰猛な海洋生物が多いと聞く。
アルバラが着水したのを見届けてすぐ、ルークも綺麗に飛び込んだ。
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