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第9話

 アルバラの母が正妃であるのならば、現在顔を出している妃は側妃ということである。  しかしそんな情報は国民には流れていない。わざわざ国側も「この人は側妃ですよ」と言うわけでもないから、国民は当然のように公務に顔を出す女性を「正妃である」と思い込んでいた。  まるで詐欺のような手法だが、明言したわけではないからグレーである。  それにしても、それほど大きな秘密であれば、ルークが知っていてもおかしくないのだが……。 (……面白いな。厳重に隠されていた存在ということか)  離宮で暮らしていた、と言っていたが、ほとんど監禁でもされていたのだろう。それほどまでに、どこにも情報が漏れていなかった。 「母親が国王に捕らえられたのはなぜだ。どうしておまえも追われている」  矢継ぎ早な質問に、アルバラは緩やかに首を振る。寒いのか自身を抱きしめて、少し震えているようだ。  アルバラは何も言わなかった。真っ青な顔をして、怯えたように口を閉ざす。 「……考えておけ。俺は食糧をとってくる」  軽く息を吐いて、ルークは静かに立ち上がった。  広い背中が遠くなる。それを見つめていたアルバラは、ルークが見えなくなってようやく肩の力を抜いた。  ひとまず服を着たいけれど、乾いている様子はない。アルバラが持っているルークのシャツも湿っているし、服を着れるのは明日以降になるだろう。  くしゅん、と控えめなくしゃみが出た。悪寒がする。なんだか嫌な予感がして、アルバラはふたたび葉っぱのベッドに横になった。 「……お母様……僕、どうすればいいかな……」  不安に駆られるままに目を閉じて、アルバラはシャツを抱きしめて丸くなる。  こんな時、ユーリウスならどうするだろう。  ユーリウスは、アルバラが幼い頃からアルバラのことをよく見てくれていた。アルバラに「おまえの存在は秘密だから」と教えたのはユーリウスである。ユーリウスはアルバラの母とも仲がよく、アルバラには分からない難しい話をしていたこともあった。  そんな時でも、ユーリウスはいつでもアルバラに優しく笑いかけてくれた。ユーリウスに「大丈夫だから」と頭を撫でられるだけで、心底安心できたものだ。  不信感を抱くようになるまでの数年。アルバラは確かにユーリウスに憧れていた。  ——私に力を貸して欲しい。あまり時間をかけられないから、出来るだけ早めに戻ってくれ  アルバラの目が、うっすらと開く。 (王宮に戻らなかった僕を、どう思ったんだろう……)  ユーリウスはアルバラに協力を求めていた。けれどアルバラは応えなかった。あの状況で「戻れ」と言われて、自身を狙ったのは本当はユーリウスなのではないかと、少しでも疑う気持ちが生まれたからである。  もちろん、アルバラを探していた男たちを恐れていた、ということも嘘ではない。それも踏まえて、その男たちとユーリウスが繋がっている可能性が見えては、アルバラがどれほど世間知らずでも王宮に戻るということはできなかった。 (……いったい何が起きてるんだろう。……内乱って何? お母様は無事なのかな……)  ちらほらと聞く話では、どうやらアルバラの母は国王に捕まっているらしい。そのほかは難しい話だったためにあまり分からなかったけれど、「国王が自身の妃を捕らえた」とはっきり言われてしまえば、自身の母がどうなったのかはさすがにアルバラにも理解ができる。  アルバラの母も、アルバラと同様に離宮で切り離されて暮らしていた。アルバラの存在が秘密だったのであれば、共に暮らしていたアルバラの母も同じ存在であるということである。  国王に捕まって、どうなってしまったのだろう。男たちがアルバラのことを必死に探していたことを思い出せば、不安が大きくなっていく。 「寝たのか」  アルバラの目の前に影が落ちた。背後からルークが戻ってきたらしい。アルバラが横になっていたから、眠っていると思ったのだろう。ルークの足音が近づいて、最初の位置で座ったのがアルバラにも伝わった。 「尻が見えてるぞ」 「わああ!」  アルバラは思わず起き上がると、すぐに下をシャツで隠す。 「起きてるじゃないか」 「からかわないでくださ……っ、くしゅん!」  風が吹くと肌寒くて、アルバラはふたたび自身を抱きしめた。  日が傾いている。これからはもっと寒くなるだろう。この後いったいどうなってしまうのか、想像もつかないアルバラはただ、鼻をすすって身を震わせていた。  そんなアルバラを尻目に、ルークが木の実と大量の木をその場に置く。

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