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第13話

「そうだ、僕あなたに伝えないといけないことがあって!」 「伝えないといけないこと……?」 「この島にあなたを探している男が居たんです! さっき水のそばを歩いていました! あなたを殺すって言って、それで国が喜ぶからって……」  言っていて悲しくなったのか、アルバラの視線はだんだんと下がっていく。ルークのことであるのに、アルバラの方が焦っているようだった。 「……その前に、なんで一人で動いたんだ」 「今はそうじゃなくって!」 「いいから答えろ。場合によってはもう一発頭突きを食らわせるからな」  アルバラが目に見えて怯えると、ルークは珍しくも不敵な笑みを漏らす。 「……ルークさんが裸だろうから……シャツを届けようって……」  言葉尻を揺らしながら、アルバラは手に持ったシャツを差し出した。  ずっと強く握り締められていたから、それはすでにくしゃくしゃだった。ただでさえ海水で傷んでいたこともありもう目も当てられない。  一つため息を吐き出すと、ルークはそれを素直に受け取った。アルバラが顔を上げる。そうしてルークがシャツを着るのを見て、嬉しそうに微笑んでいた。 「何を笑ってる」 「届けて良かったなと思って」 「分からん奴だな、相変わらず」  ルークはアルバラから見ても男前だ。目が合うと恥ずかしく思ってしまうほどには整っていて、ボタンを留めていく仕草も様になっている。  じっと見つめる視線に気付いたのか、ボタンをしめたルークがふたたび、アルバラの胸ぐらを掴み上げた。 「え、あれ?」 「言っただろう。場合によってはもう一発だ」 「や、だって僕、ルークさんが寒いかもって、」  アルバラの言葉は最後まで吐き出されることなく、代わりに鈍い音だけが響いた。    * 「くしゅん!」  ルークの背中で、アルバラが盛大なくしゃみを漏らす。  アルバラのスピードに合わせていては日が暮れるからと、今はルークに背に乗せられて移動していた。 「風邪でもひいたか」 「……どうですかね」 「そういえば少し体が熱いな。倦怠感は」 「……ん、あるような、ないような」 「はっきりしろ」  ルークを見つけて、緊張の糸が解けたのかもしれない。それまで張り詰めていたものが一気になくなると、思い出したように体が不調を訴えかけてきた。  アルバラにとって、ずっと初めての連続だ。離宮から出たこともなければ、血を見たこともない。銃撃戦なんてもってのほかで、ヘリも初めてのことだったし、もちろん野営も初体験だ。すべてが目新しくて楽しいけれど、体は疲れていたということだろうか。  アルバラはぐったりとルークに体を預けたまま、もう一度くしゃみを漏らした。 「はぁ……。シャツ一枚で、箱入りの王子様がずいぶんと無茶をする」 「……だって……」 「着いたぞ。今は余計なことを考えずに黙って寝ていろ」  ルークと再会した場所は、最初の場所からそう遠く離れていなかったらしい。見覚えのある木陰で、葉っぱのベッドに下ろされた。 「散々だな。おまえは消えているし、虎には出くわすし……」 「……虎?」 「ここは島だからな。動物も多い。……おまえは会わなかったのか?」  動物といえば、一回だけ会ったかもしれない。 「まあ、出会っていたらおまえなんて食われて終わっていただろうが」 「……大きな、猫みたいな……」 「…………虎にあったのか?」 「そっか……僕が、ルークさんの特徴を言ったから、連れてきてくれたのかな……」  微睡む中でふにゃりと笑うと、アルバラはそれきり眠ったようだった。  ——連れてきた? 虎が、俺を?  ルークは眉を寄せると、そういえばとふと思い出す。  ルークはたしかに虎に出くわした。しかし虎は襲ってくることもなく、けれど唸っていたからルークは威嚇射撃をしたけれど、その後はついてこいとでも言わんばかりに背を向けた。逃げ出す様子も、襲ってくる様子もない。それどころか時々ちらりと振り返り、ルークがついてきているのかを確認しているようにも思えた。 「まさか……」  考えすぎかと頭を振ると、視線を下げた時に、アルバラのスラックスのポケットがパンパンなことに気付く。いったい何を詰め込んでいるのか……寝苦しいかもしれないとそれをすべて取り出すと、果実が複数転がり落ちた。 「……これは……」  ルークでもあまりお目にかからないような、特別うまいとされる稀少な果実である。硬い殻に覆われているけれど中身は果汁たっぷりで栄養素も高く、何より甘いと言われている。熟れていれば熟れているほどに殻が硬くなるという噂だが、アルバラが持っていたものはすべてしっかりと硬くなっているから、どれほど美味かは明らかだ。  アルバラはこの果実のことを知ってとってきたのだろうか。 (世間知らずで無知なこいつが……? そんな知識を持っているのか?)  そもそも、あまりにも稀少すぎて王都にも出回らないほどの代物である。みんな噂でしかその存在を知らない上に、運よく食べられたとしても一つくらいなものだろう。  それをアルバラは複数個とってきた。こんな幸運を、ただの「奇跡」だと言えるのだろうか。  ——思えば、最初からおかしかった。  ルークはアーリア海溝に生身で落ちて、アルバラ共々海洋生物に食われたはずだった。死を覚悟したルークはそれでもアルバラを離さず、なんとか外に出られないかとのみ込まれないようにバランスを保っていたのだが……思い返してみると、あの海洋生物は最初から、ルークをのみ込む気なんてなかったのではないだろうか。  なにせ、奴は自発的に口を開けた。そうしてすぐ目の前には、今居る島が見えたのだ。少し泳げばたどり着ける距離だった。きっと近寄れるギリギリの距離だったのだろう。  巨大で獰猛と言われているアーリア海溝の海洋生物は、なんとルークとアルバラを吐き出して、またあの危険な海へと戻って行った。 「……偶然なわけがない」  海洋生物に食われることなく助けられたことも。虎に襲われるどころか、むしろルークが誘導されたことも。稀少な果実をとってきたことだって偶然なわけがない。ここまで重なると「奇跡」なんて言葉では足りないだろう。  静かに眠るアルバラを見下ろして、ルークは難しい表情を浮かべる。  アルバラが国王やユーリウスから求められているのは、これが原因ということか。 「おまえは何者なんだ、アルバラ」  国に隠されていた、王位継承権第一位の王子。ルークが知るのはその程度である。  そのほかを知るには今はどうにもできなくて、もどかしさから深いため息が漏れた。  

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