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第14話
次に目を覚ました時、アルバラの目の前にはルークの顔があった。
思わず大きな声を出しそうになったけれど、アルバラはなんとか必死で堪える。落ち着けと自身に言い聞かせると、あたりを見渡して必死に状況の確認を急いだ。
アルバラを抱きしめるように横になっているから、またアルバラの体温が低くなっていたのかもしれない。すっぽりと包み込むようにホールドされて、アルバラ一人では動けそうにもなかった。
(……ぅう……近い……)
それにしても落ち着かない。眠っているとはいえ、こんなにも至近距離で人と顔を突き合わせるなんて初めてのことである。
何より、ルークは格好良くて体格もいいし、アルバラは無駄にドキドキしてしまうのだ。
(眠ってても整ってるんだな……)
微かな寝息が聞こえる中、アルバラはそっとルークの唇に触れる。薄くて柔らかくて、綺麗な唇だ。いつも艶やかな低音を吐き出すそこに触れているなんて、その現実にアルバラの胸はさらに高鳴っていく。
今度は頬を撫でてみた。輪郭は少しだけ固くて、けれどさらりとしている。髭が少し生えていてそこだけはざらざらとしているけれど、その感触も不快ではない。
そこでようやく、なんだか悪いことをしている気がして、アルバラはパッと手を離す。けれど距離をとることはできなかったから、真っ赤になった顔を隠そうとルークの胸に顔を埋めた。
広くて固い胸だ。鍛え上げられたそこは落ち着く心地がして、アルバラはついすり寄ってしまう。
(なんだか、抱きしめあってるみたいだ……)
「何してる」
寝ぼけたような、低い声が降る。けれどアルバラは離れることもなく、さらにぎゅうと抱きついた。
「……今日はやけに構うな、ユノ」
アルバラの頭をひと撫ですると、ルークはそのままふたたび寝入る。
優しい手だ。けれどアルバラはその手の温度を感じられるほど、冷静ではいられなかった。
「……ユノ?」
優しい声で呼んだ。そして、優しい腕で抱きしめた。まるで宝物を包み込むような、乱暴で容赦のないルークには珍しい仕草である。
これまで幸せでふわふわとしていた心に、一気に冷水を浴びせられた気分だった。
ルークの腕を振り解きたくて仕方がない。けれどうまく動けなくて、この腕の中に留まっていることしかできない。誰かとアルバラを間違えているこの優しい手が、今はどうしても憎らしい。
アルバラは必死に目を閉じた。そうして眠った後、こんな感情はなくなっていますようにと、そればかりを願っていた。
しかしなんとも残念ながら、次に起きても苦い気持ちは忘れられていなかった。
ルークが起き上がったことで、アルバラも目を開ける。実はあまり眠れていない。胸にあるしこりが邪魔をして、どうしても寝入ることができなかった。
「なんだ、起きてたか」
「……少し前からですけど」
のそりと起き上がるアルバラを見つめて、ルークは少しばかり目を細める。
声がやや不機嫌だ。いつも無邪気なアルバラからは、一度も聞いたことはない。
「まだ体調が悪いのか?」
「どうしてですか?」
「……機嫌が悪い」
探るようなルークの瞳に、アルバラは不思議そうな顔をしていた。
体調のことなんて、正直頭になかった。最初に目を覚ました時、体調が悪かったことなんて忘れていたほどには全快で、もはやルークの寝言の方が気になってしまった。
——機嫌が悪い。それを言われて初めて気付く。どうやらアルバラは今、機嫌が悪いらしい。
原因は分かっている。けれどそれを聞くには勇気が足りなくて、アルバラは唇を尖らせただけだった。
「不機嫌の理由はまあいいが、体はどうなんだ」
「……体調は悪くありません」
「そうか」
ルークは静かに立ち上がって、さっそくどこかへと向かう。アルバラがそれについて行こうと腰をあげると、先回りしたようにルークが足を止めた。
「ついてくるなよ。足手まといだ」
「で、でも……この島にはルークさんを狙っている人が居るんですよ、だから、」
「……それでおまえがついてきてどうなる。俺を守れるとでも?」
厳しい言葉に、アルバラは何も言い返せない。
「そこに銃を置いている」
言葉と共に指された先を見れば、アルバラの座る葉の中に隠れるようにしてそれが横たわっていた。アルバラには馴染みのないものだ。銃撃戦を経験した後だからこそ恐ろしく見えるそれは、アルバラを威嚇するようにギラついている。
「俺が居ない時に何かあればそれを使え」
「で、でも、それだとルークさんは、」
「セーフティを外してトリガーを引く。それだけだ」
そのほかには何も語らず、ルークは森の中に踏みこんだ。また何かをとりに行ったのだろうか。けれどあまりうろつくとルークを狙う男たちと鉢合わせてしまう。アルバラは心配だったけれど、足手まといと言われては強引についていくこともできない。
(……僕だって、ルークさんを守りたいのに……)
ルークはアルバラをたくさん守ってくれた。ヘリから落ちた時だって、本来であればルークが共に落ちる必要はなかったはずだ。島に漂着してからも、ルークが居なければアルバラはすでに死んでいたかもしれない。
だから恩返しがしたいのに、アルバラはあまりにも無力だった。
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