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第15話
足手まとい。
ルークのその認識がすべてである。
すっかり落ち込んだアルバラは、情けない顔をして銃を拾い上げる。
はたして自分にこんなものが扱えるのだろうか。たった一回引き金を引くだけで、人を殺めることができる道具。その恐ろしさは、目の前で何度も見せられた。
しかし、恐ろしいものであると同時、アルバラにとっては未知のものでもあった。
「……セーフティ……?」
それの意味が分からなくて、あらゆる角度から眺めてみる。
そういえばこれを使う時、黒服たちが引き金を引くまでにワンアクション挟んでいたが、あれのことだろうか。そうだとしたら、たしか上の方の——。
「なんで反応あんのに見つかんねえんだよ。もっと細かい情報ねえのか」
聞き覚えのある声が聞こえた。とっさに手に持っていた銃を抱きしめると、アルバラはすぐに近くの大きな木に身を隠す。
「この島のどこか、ということしか分からない。機械に文句を言うなよ」
「言いたくもなるだろ。丸一日探してんだぞ。動物には襲われるし最悪だよ」
「カリカリするな。どうせどこかには居るんだ。逃げ場なんかない」
少し前にアルバラが見かけた、川の付近で話していた男たちだった。
二人は森から出てくると、浜辺を歩きながら話している。
「王子様の方は無傷で連れて帰りゃいいんだよな。……一緒に居るんかねえ」
「居る可能性が高い。あのルーク・グレイルが、わざわざ王子を追ってヘリから落ちたんだぞ。王子だけ落とすことができれば良かったものを……」
「落とすって、アーリア海溝に? 死ぬだけじゃねえか」
「あの王子なら死なないんだよ。分かっていたから落としたんだ」
アルバラが隠れている方向へと、二人の声が近づいてくる。アルバラは銃をぎゅうと抱きしめて、逃げ出すタイミングを見計らっていた。
「……そういや、なんでお国はそこまであの王子様を追いかけてんだよ」
ほとんど真隣で、砂を踏む音が聞こえた。それを聞いた瞬間、アルバラは反射的に森の中に逃げ出した。
「あ! おい待て!」
「ここに隠れていたのか!」
草を騒がしくかき鳴らしながら、アルバラはただ前だけを見据えて駆け抜ける。背後からは二人の男が迫っていた。アルバラには当然、それを振り返る余裕もない。何度も何度も足をとられるけれど、バランスを崩さないようにとそのたびに踏ん張って耐える。
けれど走り慣れていないのがいけなかったのか、木の根につまずいて盛大に転んでしまった。
「意外と逃げたな。……油断した」
「おまえも体力なくなってんなぁ。この程度で息切れするのかよ」
転んだ衝撃で、起き上がることが一拍遅れた。その隙に追いつかれては、アルバラにはもう逃げ場もない。
震える腕で、体を支える。ふらりとしながらも起き上がると、そこでようやく男たちのことをしっかりと認識した。
「……あなたは……」
「ああ、覚えていたか。まあそうか、少し前に会ったばかりだったからな」
軽装のアーマーを身に付けた見知らぬ男の隣、立っていた黒服は、ヘリの中でルークのことを「ボス」と呼んでいた男の一人だった。
アルバラの記憶が間違っていなければ、この黒服の男の方が川辺で「ルーク・グレイルを殺す」と言っていた。ルークの味方と思わせて、そうではないということだ。
「な、なんで、あなたはルークさんの仲間のはずでは、」
「ルークさん、か。驚いたな、あのルーク・グレイルがそのような呼び方を許すとは」
「それで? そこの王子様はルーク・グレイルとは一緒じゃねぇのか?」
もう一人の男がアルバラの元にやってくると、腕を軽く掴んだ。思わず抵抗するけれど、アルバラのひ弱な抵抗など男にはまったく通じない。
引っ張り上げられて、強引に立たされる。
「そうだ、ルーク・グレイルはどこに居る?」
「一緒に行動していません! ルークさんとは海ではぐれて、」
「持っている銃、ルーク・グレイルが護身用に持っていたものと酷似しているが?」
黒服の言葉に、アルバラを掴んでいた男は銃を見ようと角度を変えた。そこで意図せず掴んでいた力を緩めてしまい、その隙に強く腕を振り払われてアルバラを離してしまう。
アルバラは男から距離をとるけれど、二人ともアルバラを見くびっているからか動く様子はない。余裕な雰囲気はまったく崩れなかった。
「あー、どうする。これ吐かないぞ。殿下からは無傷で連れてこいって言われてるし……」
「逃げている途中で転んで怪我をした、と言えば、殿下も気になさらないさ」
一歩、黒服がアルバラに歩み寄る。
ここでアルバラが捕まれば、もしかしたらルークに危険が及ぶかもしれない。なにせ二人は、海に落ちたアルバラたちを正確に追いかけてこの島にたどり着いている。アルバラには分からないような手段がいくつもあるのならば、アルバラが利用されてルークの場所を特定されるという可能性もなくはない。
(僕がルークさんの邪魔に……)
——ついてくるなよ。足手まといだ。
ルークの言葉を思い出して、アルバラはきゅっと眉を寄せた。
——それでおまえがついてきてどうなる。俺を守れるとでも?
まったくその通りだ。アルバラが側にいたって、ルークの役になんか立てない。今もそうだ。アルバラは結局ルークの役になんか立てていなくて、むしろ足を引っ張っている。
たとえばアルバラがもっともっと強かったなら、ルークも認めてくれただろうか。もっと役に立てたなら……もっとルークと対等な立場でいられたなら、ルークはアルバラを見てくれただろうか。
(……ユノさんみたいに、僕だって……)
何かの役に立てたなら、宝物のように抱きしめてくれただろうか。
「……さすがに冗談がキツいな、王子。それはオモチャじゃないんだぞ」
カチリと、セーフティの外れる音がした。音はアルバラの手の内から、アルバラの頭に向けられた銃口は微かに震えている。
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