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第18話
「ルークさん! 無事だったんですね! 良かった!」
躊躇いもないその様子に、ヘリから降りてきた数名の黒服たちはぎょっと目を剥いていた。
彼らはルーク・グレイルという男のことをよく知っている。その上で、アルバラの行動が信じられなかった。
「で、おまえはなぜあの場から動いたんだ」
「だ、って……この人たちが来たから、逃げないとと思って……」
もしかしたら離宮に押し入った男たちが来たのかもしれないと、そんなことも思っていた。
「はぁ……阿呆が。それで、銃口を自分に向けた理由は」
「それは……僕が捕まれば、ルークさんの居場所がバレると……」
「どうやってバレるんだ。そんなわけがないだろう」
「だってこの人たち、僕たちが居る島まで正確に追いかけてきましたし……!」
「俺が発信器を持っていたからだ。おまえが捕まってもどうにもならん」
ルークはふたたび深いため息を吐き出すと、抱きついたままのアルバラを膝裏からすくいあげて、そのまま横向きに抱き上げた。
「わっ!」
「そこの男は連れて行け。反乱軍の人間だ。使えるかもしれん」
「はい」
黒服が、倒れている反乱軍の男に布を噛ませていた。それ以外の黒服はやはりルークとアルバラが気になるのか、二人の様子に釘付けである。
しかしルークには関係がない。アルバラを抱き上げたままで悠々と歩き始めると、ヘリから垂らされた縄梯子に片手でつかまった。
「おまえの話を聞かせろ。……どうしてここまで、ユーリウスや国王がおまえに構うのか」
——アルバラが持っていた銃には、しっかりと弾が入っていた。セーフティも外れていたし、トリガーを引いて撃てないわけがない。しかしアルバラは死ななかった。空砲というわけでもない。ただトリガーだけがカチンと軽い音を立てて、銃口からは何も飛び出すことはなかった。
これまでのこととあわせてみれば、それが偶然でないということは分かる。
アルバラはやはり何か普通ではない。あまりにも運が良すぎる。
必死にルークにしがみつくアルバラを片手で支えて、ルークは器用にヘリに乗り込んだ。機内はやはり広く、数人の黒服がすぐにアルバラとルークの元にやってくる。
「あ、あの、ルークさん、怪我はないんですか?」
「俺に? あるわけがない。水を確保するために離れただけだからな」
「水を……」
思ったとおり、ルークは何かをしに行ってくれていたらしい。それなのにアルバラは何の役にも立てなかった。
「何をむくれてる」
差し出された水を飲みながら、ルークはじっとアルバラを見つめていた。アルバラも水は渡されている。喉は乾いているけれど、それをいじるばかりで飲む気にはなれないようだ。
「……僕、ルークさんのためになりたくて……」
「それで?」
「でも何もできなかったから……ルークさんは、木の実とかお水とか、たくさんしてくれたのに……」
本気で落ち込んでいるアルバラに、ルークは一瞬気を取られて口の端から水をこぼした。すぐに黒服がタオルを寄越す。けれどルークが動かなかったから、黒服がルークの服にこぼれた水を拭いていた。
「……おまえは、俺のために何かをしようと?」
「? そうですよ。ルークさんは僕を助けてくれたり、守ってくれたので」
「……この、俺のために?」
「何かおかしいですか?」
ぽかんとしているルークを前に、アルバラも同じような顔をしていた。そんな間抜けな表情のルークを見たことがない黒服たちは、けれど何かを言い出せないまま二人の様子を観察している。
「ひとまず飲め」
「…………はい」
「今度はなんだ」
「……別に……」
のろのろとキャップを開けると、不満ありげに水を飲む。アルバラはまた不機嫌だ。そういえば朝も不機嫌だったなと、ルークはそこで思い出す。
少しばかり共に過ごして、ルークにもアルバラが分かってきた。アルバラは嘘をついたり感情を隠すのが下手くそだ。打算的に考えることもないから、カマをかけたり駆け引きが出来るタイプでもない。変に勘ぐる必要もないから、ルークもまっすぐに「アルバラ」という男を見ることができる。
つまりアルバラは今、ただ単に本当に機嫌が悪い。むすっとして唇を尖らせる程度の、可愛らしい不機嫌さだ。
「アルバラ」
呼んでも、アルバラは何も言わなかった。
不機嫌なままだと、きっとルークの質問にも答えようとはしないだろう。
アルバラはいったい何者なのか。ルークが気になるのはそこである。
「……分かった。おまえの欲しいものをなんでもやろう。だから機嫌を直せ」
難しい顔をしたルークが、苦し紛れにつぶやいた。不本意なのが見て取れる。
そんなルークに、周囲で二人の様子を伺っていた黒服たちはさらに目をひん剥いた。
あのルーク・グレイルという男が誰かのご機嫌とりをしている。それはこれまで夜を共にした美女相手にもなかったことで、もちろんビジネス相手にも見たことはない。
秘密を抱えているにしても、まさかアルバラ相手にそんなにも下手に出るとは……ルークの言動に、機内は一気に重たい空気に変わる。
しかしアルバラだけはそれを分かっていないのか、むすっとしたままで上目にルークを見つめると、おもむろに腰をあげた。歩み寄るアルバラに、ルークも少し身構える。けれど何ということもなく、アルバラはただルークの隣に座っただけだった。
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