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第19話

「……僕は国に帰されるんですか」  俯き気味の言葉は小さくて、それでもしっかりとルークに届く。 「おまえは帰りたいのか?」  その問いかけに、アルバラは素直に頭を振った。 「……どうしたらいいかが分からなくて……帰ったら危ないかもって思うのに、母のことは気になります。ユーリウス殿下のことだって……」 「……ユーリウスとは仲が良いのか」 「はい。幼い頃からよく面倒を見てくれていました。母も、殿下には気を許していたみたいなので」 (ユーリウスが反乱軍だと分かった上で懇意にしていたのなら、アルバラの母は国と敵対していたということか)  それならば、アルバラの母が正妃として表に立たず離宮に引きこもっていたのも分かる。あるいは、閉じ込められていたからこそ国に反発していたのか。 「気を許していたのなら、ユーリウスの元に戻りたいんじゃないのか。あいつは反乱軍の人間だ。おまえに危害を加えることはないだろう。——敬遠してきた俺に連絡を寄越すほど気にかけているようだしな」  それにもやはり、アルバラは頭を振るばかりだった。 「……さっきの男の人も、ユーリウス殿下が僕を呼んでいると言ってくれました。でも僕、なんとなく行っちゃいけない気がしてて……」 「……なんとなく?」 「理由は分からないんですけど……。ユーリウス殿下はすごく優しくて、いつも僕のことを考えてくれて、大切にしてくれているのに……たまに変に触られるからかな……」 「……ほう。興味深い」  ルークの眉がピクリと跳ねて、口角は歪につり上がる。  変に触られる。その意味を穿つならば、婚約者も居るユーリウスにはとんだ醜聞だ。 「ボス」  確証を得る前に、黒服が小型の端末をルークへと差し出す。 「ユーリウス殿下から通信です」 「個人端末か」 「はい。反乱軍のコードではありませんでした」  それを受け取ったルークはすぐに、ミュートボタンを解除した。 「よお、ユーリウス。何の用だ」 『白々しいことを言うなよルーク・グレイル。アルバラをどうするつもりだ』  端末から聞こえる声に、アルバラはきゅっとルークの服の裾を掴む。 「こいつが帰りたくないと言うから連れているだけだ。俺が何かを企んでいるような言い方はよせ」 『ふざけるなよ、アルバラがそんなことを言うはずがない』 「と、言っているが……どうなんだ、アルバラ」  突然話を振られて、アルバラの肩が大きく跳ねた。  どうもこうも、先ほど話したとおりである。それを直接言わせようとするなんて、なんと意地悪な男なのか。 『アルバラ? そこに居るのか? どうせその男に縛られて脅されているんだろう? 安心しろ、私がすぐに助けに行く』 「ほう。縛られているのか? アルバラ」  ルークの服の裾を握り締める手が、白くなっている。アルバラは何度も頭を振っているけれど、声を出さない限りは相手には伝わらない。 『アルバラ、』 「僕、殿下のところには帰れません」 『! 無事なのか!? アルバラ!』 「すみません! 僕、まだルークさんと居ます!」  それだけ言うと、アルバラは「もう何も言うことはない」と示すようにルークの腕に顔を押し付けた。目をぎゅっと閉じている。隙間からそれが見えて、ルークもどこか満足げだ。 「と、いうことだ、ユーリウス。おまえの事情はおまえの力だけで片を付けろ」 『……アルバラに指一本触れてみろ、どのような手段を使ってでもおまえを捻り潰すからな』 「……それは、組織としての話か? それとも個人的に言っているのか?」  挑発するような言葉に返事はなく、ユーリウスは一方的に通信を終わらせた。  端末を黒服に返して、アルバラを軽く叩く。するとアルバラがおそるおそる上目にルークを伺う。 「終わったぞ」 「……あ、ありがとうございました」 「ボス。本部に戻ります。第一邸の場所はバレておりますので」 「こいつもしばらく本部に置く。部屋は俺と同じでいい」 「お、同じですか……?」  黒服が目を丸くして、アルバラを訝しげに見つめていた。 「危険です。反乱軍とも国王とも繋がっている可能性があります」 「俺がやられるとでも?」 「そうではありませんが……」 「こいつがどこかと繋がっているのであれば尚更、俺が直接見た方がいいな。目的が俺なら尻尾を出すのも早いだろう」  ルークが意味ありげにアルバラを見下ろした。  しかしアルバラは言われた意味をあまり理解していなかったのか、不思議そうにルークを見つめ返しているだけだった。

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