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第20話

 それからは、ルークが少し黒服とバタバタとし始めたから、アルバラとは会話もなく飛行が続いた。  アルバラには分からない難しい話だ。みんな真剣な顔をして、素早く何かに対応している。  アルバラはずっと離宮で母と二人、特別な勉強をすることもなく育った。会話という会話もなく、母はいつも穏やかにアルバラを見守っていただけである。長く喋る機会といえば母がたまに読んでくれた絵本を読む時だけで、それ以外はアルバラは離宮でぼんやりと過ごしていた。だから会話の意味なんて理解できなくて、今もアルバラはルークと黒服のやりとりを眺めていることしかできなかった。  たまにヘリが揺れると、ルークがさりげなく支える。視線はアルバラにはないからきっと無意識にやっているのだろう。それに嬉しいと思う反面、宝物のように扱う相手がいるということを思い出しては気分が沈む。この手はアルバラにだけ差し伸べられたものではない。アルバラと行動を共にしているのだって、ユーリウスや国王に対抗するためなのだ。  それがなんだか悲しくて、目的地に着く頃にはアルバラはすっかり落ち込んでいた。 「ボス。王子はひとまず応接室へ」 「アルバラ、歩けるか」 「大丈夫です」  強風にあおられながらヘリから降りると、ルークが腰を支えるようにしてアルバラを建物へと連れた。やけに大きな建物だ。内装も広くて綺麗だけど、アルバラの住んでいた離宮とは雰囲気が少し違う。  アルバラが物珍しそうにキョロキョロとするのを尻目に、ルークは応接室へとたどり着いた。  しかし。 「いやに遅い帰りでしたね。待ちくたびれましたよ」  そこにはすでに男が居た。  金の髪を長く垂らした、中性的な容姿の男だ。真っ白な服を身につけているのもあって、どこか神々しい雰囲気もある。  男を見て声を上げたのはアルバラだった。男を見た瞬間「あっ!」と大きな声を出していた。 「あの時の……えっと……」 「レグラス・リーレンと申します。覚えていてくださったんですね」 「……なぜおまえたちが知り合いなんだ」  ルークはひとまずアルバラを室内に連れると、レグラスの反対側のソファにうながした。ルークは訝しげにレグラスを見つめているが、レグラスの視線はずっとアルバラから離れない。 「ほら、あなたが襲撃された時、治癒も放り出して王宮からの呼び出しで側を離れたでしょう。その道中で彼と偶然出会いまして」 「声をかけられたんです。僕に、不思議な気配があるって……」 「あの時は失礼いたしました。あなたがまさか王子であるとは知らなかったもので」  レグラスの視線が、不躾にアルバラに這う。 「その後、あなたにも情報を送ったと思うのですが……国王は自身の妃を反乱軍への切り札として捕らえました。それの追加情報があります」 「……追加?」 「国王は自身の妃だけではなく、妃の子……つまり自身の息子も捕らえようとしているとのことです。二人は離宮に閉じ込めていたのですが、妃の手によって子には逃げられたと」  今度はルークがアルバラを見下ろした。  アルバラは数度微かに頭を振ると、怯えるようにルークの腕を掴む。 「……それがこいつのことか。どうしてこいつは隠されていた? 国王やユーリウスがこいつを探している理由と関係があるんだろう?」 「何も話していらっしゃらないのですか?」  レグラスの問いかけに、アルバラは素直に一つ頷く。 「殿下から……僕の存在は秘密だからって、言われて……」 「なるほど、ユーリウス殿下からの助言ですか。賢明ですね。それを誰かに漏らせば、きっと誰もがあなたを欲しがる」 「どういうことだ」 「……私は、それを知らず王子を大切に扱っているあなたに驚きを隠せませんが」  呆れたような視線は、ピタリとひっついて座っているルークとアルバラに向けられていた。まったくの無意識だ。というより、アルバラがルークにひっつくのだから仕方がない。ルークも拒否しなかったものの、ここ最近ずっとそんな距離で過ごしていたから、慣れてしまったのだろう。 「まあいいでしょう。……王子、あなたは王宮に帰りたいですか?」  その言葉にはやはり、アルバラは「いやです」と即答する。 「それはどうして」 「……お母様のことは心配です。でも……離宮に押しかけてきた男の人たち、みんな怖い顔をしていて……仕草も乱暴だし、殺されるんじゃないかって思うんです。それに……ユーリウス殿下が、苦手だから……」 「苦手?」 「変に触られるらしい」  言いにくそうなアルバラの代わりにルークが答えると、レグラスの表情はまったく不思議そうな色を浮かべる。 「変に……? おかしいですね。ユーリウス殿下には婚約者が居た記憶がありますが」 「ユーリウスは俺に対して敵意剥き出しだったぞ。指一本触れるな、とのことだ」 「それはそれは、異母弟がさらわれただけにしては少々過激なセリフですね。……まあ、このように可憐な王子を前にして、惑わされるのも分からないでもないですが」 「冗談を言っている場合ではないだろう。——こいつはなぜ隠されていた」  本題が切り出されると、アルバラはぐっと拳に力を入れる。ルークを掴んでいた手も離して、姿勢良くソファに座っていた。

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