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第21話

「……そう言ってあげないでください。彼自身、自分のことなのに何も知らされていないのですから」 「何も……?」 「アルバラ王子。あなたは自分が何者か知りたいですか?」  レグラスの落ち着いた青の瞳が、アルバラの心を見透かすようにじっとまっすぐに射抜いていた。  ——どうして自分は、離宮で母と二人きりで暮らしていたのか。それを不思議に思わなかったのは、きっとアルバラが生まれた時からその環境に居て、外は怖いところだと、外に出てはいけないと、母に言われ続けたからかもしれない。  外に出て初めて自由を知った。そしてようやく「あの環境はどこかおかしかったのかもしれない」と、そんなふうに思い始めた。 「……知りたいです。僕はどうして『秘密』にされていたのか」  やはり不安ではあるのか、言葉尻は揺れている。けれど今度はルークに縋ることもなく、アルバラはぴしりと姿勢を正していた。 「まず、あなたの母……イレーネ様が王妃になったところから話は始まります」 「……お母様が……?」 「イレーネ王妃はそもそも平民の出身です。国王の妃になるには身分が釣り合いません。しかし……国王が強く彼女を求めたために、彼女は強引に王妃に据えられました」 「それが隠されていた原因か」  ルークの言葉に、レグラスが笑みを深める。 「イレーネ王妃は、神の言葉を聞くことができるそうです。だからこそ、国の発展のために強引に王妃に迎えられました」 「……か、み様って……でもお母様はそんなこと一言も、」 「これまでにおかしなことはいくつかあった。アーリア海溝に落ちて生き残れたことも、野生動物に出くわしても無事だったことも、おまえに渡していた銃が使い物にならなかったこともな」 「そう、つまりアルバラ王子も、イレーネ王妃の血を継いでいる」 「……僕も」 「あなたは神に愛された子です。イレーネ王妃もそれを分かっておりました。だからこそ、あなたを利用させないために彼女は自ら離宮に引きこもりました」  いろいろなことを言われすぎて、うまく頭が回らない。アルバラはちらりとルークを見上げた。しかしルークは興味もないのか、何かを考えるようにレグラスを見つめている。 「アルバラ自身に心当たりは?」 「ありません。そんな……絵本みたいな話……」 「絵本?」  食いついたのはレグラスだ。けれどルークも興味があるのか、その目がふっとアルバラに落ちる。 「……子どもの頃からお母様が読んでくれていた絵本があります。……騎士様と、お姫様のお話です」 「内容は」 「お姫様はすごく神様に好かれていて、幸福な人生を送ります。ずっと恵まれていつも楽しそうでした。ですがある日、神様に愛されたお姫様の存在が脅威になると騒がれて、国を追われることになります。その時に一緒にいた騎士様と逃げて幸せになるお話です」  レグラスが意味深にルークを見つめた。 「なんだ」 「あなたはさながら騎士様だなぁ、と」 「ふん。戯言を」  アルバラが何かを言いかけたのを、ルークが目で制する。それにびくりと震えるだけで、結局アルバラは何を言い出すこともなかった。 「最後にはそのお話はどうなるんですか?」 「……最後には、お姫様は死んでしまいます。神様がお姫様を好きすぎて……嫉妬してしまったんだと、お母様は言っていました」 「——おそらく比喩だな。リーレン、おまえが入手した情報にそのあたりのことはなかったのか」 「あるわけがないでしょう。アルバラ王子のことは極秘とされているんですよ。いくら神官長とはいえ、そのあたりのことは教えてもらえません」 「あの……ぼ、僕はどうすれば……」  困り顔のアルバラが、そわそわとした様子でルークを見上げた。 「何も……というかぜひ、この男に守ってもらってはいかがでしょうか? この男の機動力は国が恐れるほどですし、この男の側が一番あなたにとって安全かもしれませんよ。……もちろん、他人嫌いで有名なグレイルが頷けば、の話ですが」  レグラスが小さくつぶやくと、アルバラは思わずルークから少し距離をとる。自分が近くにいることで不快にさせているのではないかと不安になったのだ。  アルバラは基本的にぴったりとひっついている。それは母相手にそうだったからで、他人との距離感が分からないからである。けれどルークがそれを嫌うのであれば、嫌われたくないアルバラは離れるしかなかった。  ルークがピクリと眉を揺らした。途端によそよそしく視線を泳がせるアルバラを見下ろして、うんざりしたようなため息を吐き出す。 「俺が頷くも何も……こんなにも価値のある男をそうそう手放すわけがない。国王にもユーリウスにも切り札になる」  ——ルークがアルバラを側に置くのは、切り札にするため。  そんな程度だと分かっていたはずなのに、アルバラの心は落ち込んでいくようだった。 「それでは決まりですね。アルバラ王子、私もあなたのことは国側には黙っておきます。しばらくはこの男の側で身を隠していてください」 「……お母様は……」 「イレーネ王妃も無事でしたよ。今は国王の元で、反乱軍に対抗すべく神の言葉を聞けと命ぜられているようですね。あとはあなたの居場所を吐けと、」 「酷いことをされているんですか!?」 「……いいえ、その様子もなく」  レグラスの言葉を聞いて、アルバラはあからさまにホッと安堵の息を吐く。 「ところでグレイル、あなたはどちらにつくつもりですか? 国王か、ユーリウス殿下か」 「俺はどちらでもいい。国がどう転ぼうとも、俺には関係がないからな」 「この機にあなたと組織を一掃しようともしてくるでしょう」 「ああ、そういえばうちに潜入していたのが一人居たな。あとは反乱軍の残党が一人」  ルークが黒服の一人に目で合図を出すと、黒服は一礼して部屋を出ていく。 「国王側からは何のアクションもないのですか?」 「分からん。ヘリでの移動中に襲撃されたが、相手は国のジェット機だった。あれがそうなのかもな」 「何があれど、アルバラ王子が側にいればあなたに危害が加わることはありませんが……少し探ってみましょうか」 「あの……レグラスさんは、ルークさんのお友達なんですか?」  アルバラの他意もなさそうな質問に、その場はピタリと動きを止めた。  次にはレグラスの表情が不本意そうにぐにゃりと歪む。ルークはいつものポーカーフェイスだが、雰囲気だけはレグラスと似たようなものが感じられた。

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