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第25話

 ——お姫様が死んじゃって、騎士様はどうなっちゃうんだろうね。  絵本を読み終えると、アルバラはいつも母に聞いていた。  アルバラはその物語が大好きだったから、どうしても騎士の気持ちを考えて悲しくなってしまうのだ。  ——愛する人を失うのは、身を裂かれるほどに辛いことよ。だからアル、あなたはどうか生きていてね。  母はいつもそう言ってくれたけれど、アルバラにはあまりピンとこなかった。  それはアルバラが「愛する人」を持たないからかもしれない。もちろん母を愛してはいるけれど、騎士がお姫様に抱くものとは違っているとなんとなく分かっていた。  それなら、騎士が抱く「愛」とはなんだろうか。  騎士はお姫様をずっと守っていた。ずっと側にいて、狙われているお姫様とずっとずっと一緒にいた。  お姫様と逃げれば大変な思いをすることは火を見るより明らかだ。それでも騎士はお姫様と逃げることを選んだ。  たとえば同じ状況になったとして、はたしてアルバラに騎士と同じ選択が出来るだろうか。 「……ぅ……え!」  目を開けると、至近距離でじっくりとアルバラを見つめるルークと視線がぶつかった。  また抱きしめられているらしい。体がぴったりとひっついて、アルバラもルークの背に腕を回している。 「わ、わあ! すみませ……! あの、僕、」  とっさに離れようとするけれど、ルークが離さないのだから離れられるわけもない。アルバラの力など、ルークには子どもの抵抗と同じだ。 「起き抜けから騒がしいな」 「なっ、えっと、いつから起きて……」 「少し前だ」 「起こしてください!」 「なぜ。気持ちよく寝ていただろう」  ルークはあくびをしながら起き上がると、しっかりとした足取りで浴室へと向かう。  そんな背中を見送りながら、アルバラは自身の心臓を落ち着けるためにも深呼吸を繰り返していた。 (ぼ、僕はどうせまた間違われただけだ。別に変な意味なんか……)  ——今日はやけに構うな、ユノ。  その言葉を思い出して、アルバラは一気に落胆する。  アルバラはそんなにも似ているのだろうか。何度も間違われるほどだ。もしかしたら、身長や細さがそっくりなのかもしれない。 (全然嬉しくない……)  ルークのたくましい腕に抱きしめられるのは好きなのに、代わりだと思えばそれさえも嫌な気持ちでいっぱいだった。  アルバラが落ち着いた頃、ノックの音が響く。外から「ボス」と聞こえたために「お風呂です」と返してみれば、黒服が入ってきた。  どうやら朝食を持ってきたらしい。広いテーブルにそれを並べると、黒服は気まずそうにアルバラを振り返った。 「……その、野暮なことを聞くのですが」 「え? はい。どうぞ」 「王子は、ボスとはその……やはりそういうご関係でしょうか」 「……そういう?」 「恋人、といいますか……」 「恋人!?」  それは、絵本の中で見た騎士とお姫様の関係である。  まさか自分がそう思われているとは思ってもみなくて、アルバラは必死に違う違うと手を動かした。 「あの、違います! 僕とルークさんは別に、えっと、友人、といいますか、その、とにかく恋人ではなくて、」 「ああ、すみません。困らせる意図はありませんでした。……ですが……」  黒服の視線がベッドに向けられる。  ルークが起きてそのままだから、シーツは少々乱れていた。 「ボスが誰かと共に眠るなど、私たちには考えられないことでして」 「……そ、そうなんですか……?」 「ボスは情け容赦ないお方です。他人を信用していませんから、もちろん私たちのことも常に疑っています。……そういう環境で育って、大切な人を失った過去もあれば、仕方がないことなんでしょうけど」 「…………大切な人を……?」  どくりと、心臓が嫌な音を立てる。そのタイミングで、浴室の扉が開いた。 「楽しい話は終わったか?」 「ボス……! 大変失礼いたしました」 「下がれ」  ルークの低い声に、黒服は逃げるように部屋を出ていく。 「飯を食え。それとも風呂に入るか」 「……お風呂に」  小さな答えに、ルークはそれ以上何を言うこともなかった。  お風呂に入っている間も、アルバラの頭の中には同じことが巡っていた。  ルークは大切な人を失った過去がある。  その言葉がどうしても、頭から離れようとしない。 (もしかして、それがユノさん……?)  アルバラが居るから会えないのではなく、もうこの世にいないから会えないのではないだろうか。 (愛する人を失うのは身を裂かれるくらい辛いって……)  母の言葉がよみがえり、アルバラの気分はさらに沈んでいく。  ルークはきっと、ずっと身を裂かれるほどの辛さを味わっている。その事実がなんだかひどく悲しくて、アルバラは泣いてしまいそうだった。 (……ルークさんは、騎士様と同じなんだ)  絵本ではその後は描かれていなかった。お姫様が死んで、騎士が悲しんで終わりである。けれど現実は違う。無情にも続く。ルークはその悲しい現実の中で、今も生き続けている。  アルバラに出来ることは何だろうか。  亡くなった人をよみがえらせることなんてさすがに出来ない。それでもルークのために何かをしたくて、胸の奥にあるモヤモヤを振り払うように一度深く息を吸い込んだ。  アルバラが持っていることといえば、あまり実感はないけれど「神様に愛されている」ということだけである。自在に使えるものでもない。むしろアルバラは一度「足手まといだ」と言われたことすらあるし、ルークが今していることには、もしかしたらアルバラは邪魔なのかもしれない。 「……僕が、居なくなれば……?」  それでアルバラはどうする。ユーリウスの元に行って、ユーリウスの妃になるのか。  絶対に嫌だと頭を振って、結局どうすれば良いのかも分からないまま。アルバラはひとまず浴室を後にした。

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