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第27話
「ユーリウスはずいぶんおまえに執着している。ユノのことを漏らしたのも、俺が十年前のことを探っていたからだろう。……ユノの死には違和感があった。誰かがあいつの存在を売ることをしなければ、絶対に殺されるはずがなかったからだ。だから俺はずっと密偵を疑っていた。……まさか、こんな近くに居たとは思わなかったが」
アルバラは緩やかに頭を振る。
「あいつは俺とは一緒には暮らしていない。ユノはただの一般人だ。監視はつけていたが、それも保険のようなものだった。普通に暮らして普通に死ぬことが、病院で暮らしているあいつにとっての幸福だと思ってそうしていた」
言葉尻が揺れている。ルークの震える指がアルバラの首に巻きつくと、軽く力が込められた。
「好奇心旺盛だったからか、余命を知ったユノは、ある日から頻繁に病院を抜け出していた。やけに楽しそうだと聞いていたから放置していたが……行き先が王宮の一角だったことは知らなかった」
「ま、ってください……お、覚えてな、」
「ユーリウスはおまえに関わるすべての人間を把握していた! ユノもその一人だ! ユーリウスの情報網を使えば、ユノが俺に繋がっていることも簡単に掴める!」
指先がきつく首に食い込んでいく。
アルバラの口から空気が抜けた。震える手で縋るようにルークの腕を掴むけれど、力が弱まる気配はない。
「その時はちょうど、国との抗争中だった。ユーリウスはその抗争をなるべく早く終わらせて反乱軍を立ち上げ、勢いの弱まった国王側と俺を畳み掛けるつもりだったらしい。強引に抗争を終わらせることで隙を作ろうとした。だからユノの存在を知り、捕らえて国王の元に連れて行った」
「まっ……て……」
「ユノは利用されたんだ」
かはっ、と空気が抜けると、アルバラの手がベッドに落ちた。瞳はうつろで、もはやルークを映していない。
「おまえが、ユノを殺した」
——ああ、僕はルークさんの大切な人を殺したんだ。
改めてそれを突きつけられると、覚えはなくとも深く憎まれていることだけは理解ができた。
「おまえを殺したら、ユーリウスにも俺の気持ちが分かるだろう。……あるいは、おまえが嫌っているユーリウスの元に帰すことで、おまえ自身に復讐してやるか」
ルークの大切な人を羨んだり、ルークの大切な人になりたいなんて、どうしてそんなおこがましいことが思えたのか。
アルバラの目尻からは、一筋の涙がこぼれる。
「ごめ……なさ……」
大した抵抗もなく、アルバラは動かなくなった。
一瞬動きを止めたルークは、弾かれたようにアルバラから手を離す。
心臓がいやに騒いでいた。人なんか殺し慣れているのに、手が震えて仕方がない。アルバラは安らかに、眠るように目を閉じている。
「…………おい」
声をかけても、目は開かない。それもそうだ。アルバラを殺したのはルークである。
(……俺は何を思っているんだ……こいつはユノを売った)
——私はユノ・グレイルの存在を知っていた。アルバラが教えてくれたからだ。
そんなたった一言で、普段冷静なルークに火がついた。
それより前から、ユーリウスの言葉で苛立っていたから余計に火がつきやすかったというのもあるのだろう。ユーリウスはまるで自分の所有物であるかのように、アルバラを返せと主張した。それだけのことだ。以前からそうであるのに、今回はなぜか苛立ちを覚えた。
そんなルークの様子に気付いてか、ユーリウスも切り札のようにユノのことを語ったのだ。
分かっている。アルバラは嘘がつけるような男ではない。ユーリウスの言葉を鵜呑みにすることもないだろう。それでも冷静で居られなかったのは、十年間どうにもならなかったことが急に動き出したからだろうか。
アルバラはよく笑う。表情がころころと変わって、まるでかつての妹を見ている気分にもさせられた。
だからルークは今、後悔をしているのだろう。人を殺して後悔をするなんて、ルークの人生において初めてのことだった。
「……おい、起きろ」
手が震える。理由は分からない。ルークはそんな手をぎゅっと握り締めると、震える拳に力を込めた。
「……おまえの話を聞いてやる。俺も冷静でいられなかった」
——ユノは見せしめに殺された。
国王に捕まり、殺されたくなければ応戦するなと言われて、ひとまず撤退した後のことだ。
その存在を国王が知っていることに違和感はあった。ユノはルークとは共に暮らしていないし、ルークが会いに行ったこともない。いつも一方的にルークが見守っていただけで、こんな世界は嫌だと逃げ出した母と二人、慎ましやかに暮らしていた。
ユノが十五の頃に母が亡くなった。過労が原因だった。それからユノは一人になったけれど、それまでと変わらず明るく生活を続けていた。
「……おまえは何なんだ」
ルークが言葉を吐き出したと同時、アルバラがひゅっと息を吐き出した。
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