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第31話

「だってそうだろ。……好きな人に嫌われるって辛いよ。憎まれるって苦しいよ。だから逃げたいんだろ。最後の挨拶なんかそりゃ出来ないよな。……あんまり言わない方が良いんだろうけど……ルーク・グレイルと一緒にいた王子はなんか、すっごい幸せそうだったよ」  アルバラは、幸せだった。  ルークと出会って、目まぐるしく過ぎる目新しい時間を過ごせた。慣れないことに怯えたりもあったけれど、それでもルークがずっとアルバラを守ってくれていたから心底怖いこともない。  アルバラはずっと楽しくて、本当に幸せだったのだ。 「……そっか。僕、ルークさんが好きなんですね……」  この気持ちはきっと、騎士がお姫様を思うような、お姫様が騎士を思うようなそれと同じだ。  アルバラはルークに恋をした。夢にまで見た恋だった。それなのに、胸がひどく切ないのはどうしてだろう。 「……でも僕……」 「可哀想になぁ。……現実はさ、うまくいくことの方が少ないよな」  アシュレイが慰めるように、アルバラの背を優しくなでる。その優しさがあまりにも温かくて、アルバラはまたしても泣いてしまいそうだった。  二人の上空に音もなくジェット機がやってきたのは、それから少し後だった。ギリギリまで下降すると、縄梯子が下ろされる。アシュレイにうながされてなんとかそれを這い上がると、機内にはユーリウスが待っていた。 「アルバラ! ようやく会えた!」  アルバラを見てすぐ、ユーリウスはアルバラを強く抱きしめる。 「アルバラ、ああ顔をよく見せてくれ。……どこにも傷はないね。これは? 首のこれはなんだい?」  少し前に絞められたそこを撫でる動きに、アルバラの体がぎくりと強張った。  アシュレイも何も言わない。ユーリウスはやっぱり怖い顔をしていた。 「ルーク・グレイルだな? あいつに乱暴をされたんだな?」 「ち、違います! ルークさんは優しくて、」 「嘘をつくな! それならこれはなんだ! 妹を殺したのはアルバラだと詰め寄って、おまえを殺そうとしたんだろう!」 「違う!」  ユーリウスは取り乱して、アルバラを抱きしめて離さない。首にある指の跡をなぞるように、何度も何度もそこに唇を這わせていた。 「許せない、ルーク・グレイル。指一本触れるなと言っておいたというのに……」 「触れられてなんか……」 「これもダメだ。あいつに跡をつけられるなんて」 「ユーリウス殿下。機内ですよ」  アルバラの気持ちを知っているからか、執拗にアルバラに触れるユーリウスを咎めたのはアシュレイだった。彼はどうにも身分をあまり気にしない性分らしい。しかしユーリウスも気にしなかったのか、アシュレイに言われて「そうだったな」と正気を取り戻したようだ。 「時間はいくらでもあるんだ、焦る必要はない。……すぐに内乱を終わらせよう。もちろんイレーネ王妃も取り戻してみせる。そうしたらアルバラ、私と式をあげよう。すべて任せてくれたらいい、最高の挙式にしてみせる」  ユーリウスは爽やかに微笑むと、アルバラを見つめてうっとりと目を細めた。  ——アルバラは昔からこの目が苦手だった。逃げ出したくてたまらなくなる。この目をしているユーリウスは、必ずと言っていいほどアルバラにいやらしく触れるのだ。 (……でも、これで良いんだ……)  ルークもそれを望んでいた。ユーリウスがアルバラに執心していると知っていたからこそ、アルバラを交渉の材料にしたのだろう。  もしもここでアルバラが逃走でもしたら、アルバラをネタにした交渉が済んでいた場合、ルークに「話が違う」と火の粉が降りかかるかもしれない。そうすればどうなる。またしても「あいつが余計なことをした」と、ルークに嫌われるだけである。  ルークのためと思えばどうということはない。アルバラはルークを思い出すだけで幸福な気持ちになれた。 「アルバラ、帰ったら私の部屋でのんびりと過ごしてくれ。内乱が終わるまでは一緒に居られる時間は少ないんだ。寂しい思いをさせるけれど……必ずアルバラの元に戻ってくるから」 「……はい」  アルバラの笑みはどこか悲しそうだった。それに気付いたのはアシュレイだけで、彼もまたどこか申し訳なさそうに肩を落としていた。  

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