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第33話
——アルバラは、何をきっかけに王宮に戻ることを選んだのだろうか。
王宮に戻ることは心底嫌がっていたはずだ。頑なに「戻りたくない」と言い続けて、いつもルークに隠れていた。ユーリウスのことだって良くは思っていなかったはずである。
アシュレイから母親のことを言われたからか。それとも、ルークに殺されかけたからか。
(後者なら最悪だな)
心優しいアルバラのことだ。母親のことで戻ったと思いたいものだが……ルークに首を絞められてからずっとルークの目を見なかったということもあって、ルークに怯えているという説も濃厚である。
それなら、ルークが王宮に向かうのはアルバラにとっては迷惑なのでは……。
「ボス。アレス・ラッドからの通信です」
ジェット機内で、黒服が端末を差し出した。ルークは何も言わずに受け取ると、すぐにミュートを解除にする。
「何かあっ、」
『聞いたよルーク! アルバラくんに逃げられたんだって!?』
挨拶もなしで元気な第一声を放つと、通信先からはカラカラと楽しそうな笑い声が届く。
アレスも移動中なのかもしれない。背後はやけに静かで、遠くからエンジン音が聞こえていた。
「……ウェルスタインか。相変わらず耳が早い」
『そうそう、さすがはルークが雇ってる情報屋だよねー。ところで、追いかけてどうするの? 連れ戻すつもり?』
「……何が言いたい」
『おれは行動の動機が知りたいんだよ』
声のトーンがやや下がった。からかっているわけではないのだろう。
ルークはすぐにそれに気付いて、ぎゅっと固く眉を寄せる。
「……それを知ってどうする。余計な会話をしていないで合流地点に、」
『おれはルークに雇われた闇医者だけど、幼馴染でもあるんだよね。だから知りたいの』
沈黙が落ちた。互いに何も言うことなく、背後の騒音だけが渡り合う。
——行動の動機なんて、そんなものはルークにだって分からない。
ただ、またあのお馬鹿で世間知らずな王子様が無茶をして、臆病で弱いくせに自分の頭に銃口を押し付けて怯えているんじゃないかと、そんなことを思えば体が勝手に動いていた。
(……いや、違うか……)
そんなものは建前だ。本当はそんなことはどうだっていい。
妹を殺した疑惑のある相手に、そんなことを思ってやる必要なんかない。追いかけなくてもいいだろう。ユーリウスのところに戻ったのならば、ルークが戻してやったと嘘をついて無理難題をユーリウスに押し付けてやればいいだけである。利用できるものはすべて利用してきた。歯向かえば殺してきたし、国の争いには無関心を貫いている。面倒くさいことになるのは分かっているのだから、介入するのもナンセンスだ。
分かっている。ルークは今、無駄なことをしている。アルバラが自身で選んで戻ったのだから放っておけばいい。内乱は勝手に終わるだろう。ルークには関係がない。火の粉もかからない。これまでどおりの生活が、やっと今戻ったのだ。
それでも。
「……アルバラを取り戻したい」
心の奥底で、たしかにそう思っているのだから仕方がない。
底抜けに馬鹿で、天然で、純粋で無垢で、まったく世間を知らない箱入りの王子様だ。すぐに泣くくせにたまに行動力だけはあって、ルークが見ていなければあっという間に居なくなる。
一人では危ないのだから、アルバラはルークの側に居ればいいのだ。それならアルバラが怯えるユーリウスとも会わなくていい。国に利用されることもない。アルバラの母とだって、一緒に居られるように取り計らってやれる。二人を隠すことなんてルークには造作もない。そうだ、それがいい。アルバラは、ずっとルークと一緒に過ごせばいい。
『そっか。いいね、そうしよう。それならおれも全力で協力するよ』
「ああ。おまえの解体の腕には期待してる」
『ふふふ、腕がなるね! ルークの初恋のお姫様、絶対取り戻そうね!』
「……初恋?」
ルークがそれを聞き返すより早く、アレスはなんともマイペースに通信を一方的に終わらせた。
反応のなくなった端末を見つめて、ルークは少しばかり言葉を失う。
まったく聞き慣れない単語だ。しかしアレスはたしかにそう言った。
(初恋……)
あまりにも違和感がある。けれど響きは心地は良くて、その言葉と共にアルバラを思い出せば、しっとりと心に落ちていくようだった。
——ああ、そうか。ルークは嫉妬していたのだ。
アルバラをまるで自分のもののように語り、自身の妃にするなんて妄言を恥もなく吐き出すユーリウスに。
なぜアルバラの所有権をおまえが持っているように言うのかと、ルークはずっと苛立っていた。
「……そうか。悪くないな」
長く息を吐き出して、ルークはゆっくりと目を閉じた。
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