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第39話
*
アシュレイに連れられて部屋を出ると、アルバラはずっと俯いたまま、静かにアシュレイの後ろについて歩いていた。
シャツを前で閉じている手は震えている。顔色も悪いし、どこか悲しそうな雰囲気もある。そんなアルバラが心配で思わず部屋から連れ出したけれど、アシュレイには特に行き先ははない。
だってあのままあの場所に居れば、アルバラは確実に倒れていただろう。ただでさえ今はストレスフルな状態だ。殺されかけたりユーリウスに好き勝手されたり、アルバラの意思なんてどこにも存在していない。そんな状態であの場に居続けるなんて、まったく関係のないアシュレイの胸が痛むほどには可哀想だと思えた。
「おい、大丈夫か? ちょっと外の空気でも吸おうか」
「……は、はい」
アルバラの視線が少し持ち上がる。アシュレイのことは警戒していないのか、その瞳に恐怖はない。
「……これからどうするんだ?」
荒れ果てた庭園に着くと、アシュレイは躊躇い気味に問いかけた。
以前は美しかったのだろうそこは戦の中で荒らされて、今は血と硝煙の匂いで埋め尽くされている。
「……どうって……僕はユーリウス殿下のお妃様になるんですよね?」
「そうだけどさ……でも、ルーク・グレイルが来ただろ? 王子を取り返しに来たんじゃねぇのかな」
「……僕を?」
どうして? と、その表情は素直に語っていた。
「ルークさんは僕を殺そうとしたんですよ。僕のことを側に置いてどうするんですか。……拷問にでもかけるんですか」
「そうじゃねぇって、きっと、」
「僕、ルークさんのことが好きです。ずっと一緒にいたい。笑っていてほしい。幸せになってほしい。……そう思っている相手から拷問になんてかけられたら、本当に死んでしまいます」
「……でもさ……」
部屋を出る直前、アシュレイはルークを振り返った。
その目はじっとアシュレイを見つめていて、それこそアシュレイがアルバラをどこかに連れて行くのではないかと疑われているような、警戒する瞳だったように思う。
だからルークを安心させるために、敵意がないと示すためにも一度頷いたのだ。そうでもしなければ、ルークはあの部屋からアシュレイが出て行くことを許さなかっただろう。
そもそも。
アルバラを取り戻すためでもなければ、あのルーク・グレイルがわざわざ内乱に首を突っ込むわけがない。
基本的に国にも権力にも興味のない男だ。そんな男が内乱中、両軍を制圧した時点でおかしいのだ。加えて、やってきたのは王宮である。どこをとってもアルバラの件で動いているとしか思えないのだが、アルバラはそこまでは考えが至らないらしい。
いろいろなことが重なった結果、アシュレイは実は、ルークもアルバラと同じ気持ちなのではないかと疑っている。
アルバラが部屋に入ってすぐ、ルークはアルバラの格好を指摘した。あの時も険のある言い方をしていたように思うし、明らかにユーリウスを敵視していた。
もしかしたら、アルバラがルークのところにいけば話はまとまるのではないだろうか。そんなことを思うけれど、いったいどう言えば正しく伝わるのか。
「なあ、アル、」
「……セーフティを外して、トリガーを引く。それが、基本……」
考えるアシュレイの隣で、アルバラがポツリと小さくつぶやいた。聞き逃してしまったために「何か言った?」と言ってみても、アルバラは頭を横に振る。
「基本を、忘れるな……」
それは以前、ルークがアルバラに教えたことである。
「王子……?」
「……僕、ユーリウス殿下のところには戻りたくありません。でも、ルークさんとも一緒にいられない……」
「な、なんだよ急に。どうした?」
「……実は、今のこの瞬間が一番自由なんじゃないかって思うんです」
だって今、ユーリウスは側に居ない。ルークが見ているわけでもない。アルバラは自由だ。誰もアルバラの選択を咎める者はいない。
——アルバラが籠の鳥だなんて、いったい誰が決めたのか。
戦場だった庭園には、銃なんていくつも散らばっている。アルバラはそちらに飛び出して一つ拾い上げると、すぐにセーフティを外してアシュレイに銃口を向けた。
「…………王子?」
「動かないでください。……あなたにはとても感謝しています。ありがとう。だから酷いことはしたくありません」
「待てよ、何言って、」
「見逃してください。僕がここから立ち去ること」
一歩足を引く仕草に、アシュレイもその言葉が本気であることを悟った。
しかし逃げられるわけがない。ルークもユーリウスも、男一人を見つけ出すなんて造作もないことである。
アルバラは知らないからそんな選択ができたのだろう。その無謀さに、アシュレイも焦りを募らせる。
もしもここでアルバラを一人で行かせたなら、きっとどちらからも恨まれることだろう。同じ「厳罰」でも、共に行ったか行っていないかで重さも変わってくる。そもそもアルバラを一人で外に出したらどうなる。アルバラのことだ、生まれ持った豪運でうまく切り抜けるのだろうけれど、基本が世間知らずなために危険な目に遭うことは間違いない。
(何考えてんだよまじで……)
膝の傷は治りきっていない。だというのに、アシュレイはまだ頑張らなければならないらしい。
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