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第41話
「なるほどな。アシュレイ・フェリスが……」
「すべてを信じられるとは思いませんが、逃げられるとも思えません。……ジェット機に戻りますか」
「ああ。ここにはもう用はない。あとはアルバラを拾うだけだ」
黒服からアシュレイとのやりとりを聞いて、ルークはご機嫌に口角を持ち上げた。
アルバラがユーリウスの元にいた時に何をされたのか、アルバラの顔色はうんと悪かった。覇気もなく俯いて、口数も少ない。アシュレイはそんなアルバラを側で見ていたからこそ、一度は「ユーリウスのところに行こう」と言ってはいたが、ここに来て反対の行動を取り始めたのかもしれない。
まさかアシュレイがルークに加担しようとするとは。
「あー! 居た居たルーク! もう、来たんなら挨拶くらいしてよねー。解体が楽しすぎて時間忘れちゃってたじゃん!」
黒服たちとのんびりジェット機に戻っていると、遠くから駆けてきたのはアレスだった。
爽やかな表情とは裏腹に、その衣服には返り血がべっとりと散っている。そういえば呼んでいたなと思い出したけれど、ルークは決して足を止めることはない。
「アレス、撤退だ。必要な物資は調達して帰っていいぞ」
「わーい、たくさんホルマリン漬けにして実験しよーっと! ってそうじゃなくって! アルバラくんは? 殿下とは話つけたんでしょ?」
ルークと並んで歩きながら、アレスはキョロキョロと周囲を確認する。そんなことをしなくてもどこからどう見てもアルバラは居ないのだが、アレスは普段から無駄な動きが多いためにあまり気にはならなかった。
「アルバラは逃走中だ」
「へ? また逃げられたの?」
「……今回はジェット機で落ち合う算段がある」
「いやいや、捕まえられるかどうかより、逃げられたって事実の方が重大だよね? 嫌われてるんじゃないのー?」
軽やかに笑いながら、揶揄うように傷を抉る。
アレスはひととおり笑い終わると、ルークが自身を睨み付けていることに気付いてすぐに口を閉じた。どうやら地雷だったらしい。てへっ、なんて可愛く頭を小突いて、アレスはすぐに話題を変える。
「そうだ、ウェルスタインにも撤退命令出しといてよね。彼すごくはしゃいじゃって、王宮のセキュリティジャック始めちゃってるから」
「都合がいいな。そのまま遊ばせておけ」
「リスクの方が高いじゃん」
「王はユーリウスに変わる。常に監視しておかなければ、またいつアルバラを奪いにくるか分からんだろう」
アレスはとうとう呆れたように、肩を大袈裟にすくめていた。
「ま、ルークはそのくらいの方がいいのかなー……っと、それじゃあおれ、作業に戻るから! またそっち行くから、その時改めてアルバラくん紹介してね! その時にはラブラブになっててよねー!」
都合の良さそうな獲物でも見つけたのか、倒れている男を見かけたアレスはすぐさまそちらに足を向けた。
アレスは一応医者ではあるが、人をバラすのが好きというなかなか狂った男である。浮かれ心地に去っていくアレスを見送って、ルークは軽く息を吐き出した。
「ウェルスタインの方は放置されますか」
「完全犯罪に徹底しろとだけ伝えろ。それ以外は構わん」
——捕まえられるかどうかより、逃げられたという事実の方が重大。
アレスの何気ない一言が頭に残っていたルークは、眉を寄せて渋い表情を浮かべていた。
そんなこと、言われなくても分かっているのだ。
ルークだって馬鹿ではない。「どうやって捕まえるか」という手段よりも、「またアルバラが逃走した」という事実の方が重たいことくらい、考えるまでもなく分かる。
しかし今回はユーリウスから逃げたという可能性もある。ルークばかりのせいではない。……そう思うのにもやもやとしてしまうのは、やはりアルバラに一度逃げられているからだろうか。
今回の逃走も、ルークが原因だったとしたら。
(……まったく馬鹿らしいな。ガキのようなことを考える)
もしそうだとして、なんだというのか。
ルークが引く理由になるのか。そんなことで、ルークはアルバラを逃してやれるのか。
今更そんなこと出来やしない。考えるだけ無駄なのだ。
「王子! 待てってば!」
声が聞こえた。殺伐とした王宮内に響き渡る大きな声だ。それは聞き覚えのあるもので、すぐにアシュレイのものであると理解した。
気がつけば、ジェット機はすぐそこである。どうやらアルバラたちが先に到着したようで、アシュレイの思惑に気付いてふたたび逃げ出そうとしているらしい。
「いやです、離してください! 嘘つき!」
「悪かったって! でも仕方ねぇだろ! ルーク・グレイルは王子をご所望で間違いないんだよ!」
「それで僕はユノを守れなかったことを責められて殺されるんですか! アシュレイさんは酷い! 酷い人です!」
「思い出したのか」
ジェット機の前で言い争う二人の元に、ルークが小走りにやってきた。
普段は絶対に走らない男が、小走りにでも走っている。黒服たちはそれに驚きを隠せないのだが、アルバラやアシュレイがそれを知る由もない。
アルバラはルークを見て怯えたように体を強張らせると、抵抗をやめて俯いた。
「……ユノのことを、思い出したのか」
落ち着いた声音でもう一度問いかけられて、アルバラは一度しっかりと頷く。
「……乗れ。話は中でする」
「嫌です、お願いします、行きたくない!」
「暴れるな」
アシュレイに腕を掴まれているから、逃げられるわけもない。しかし近づいたルークに触れられる直前、アルバラはふたたび抵抗を始めた。
ルークの手を払い、アシュレイの腕から逃れようと力を込める。
それは、明確な拒絶だった。
「いいから大人しくしろ」
ルークは身をかがめて、アルバラを腰からすくい上げる。するとあっさりと担がれてしまい、アルバラの抵抗なんてすべてが無駄に終わった。
「離してください! なんでもします!」
「本邸に向かえ」
「助けて、アシュレイさん、お願い! 助けてください!」
「おまえも乗れ」
暴れるアルバラを抱えたままでジェット機に乗り込むと、ルークはくるりと振り返る。
アシュレイは素直に驚きを浮かべていた。
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