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その後(5)
「ユノは普段、俺には近づかないんだが……おまえは相当好かれているらしい」
「ふふ、嬉しいです。ユノのお友達に気に入ってもらえて」
アルバラが犬に笑いかけると、犬は一度、満足そうに大きく吠えた。どこか嬉しそうな顔だ。よほどアルバラを気に入ったのか、犬はずっとアルバラを見つめてついてきていた。
やがてルークが足を止める。とある扉の前。結局どこに向かっているのかを聞く前に、どうやら目的地に着いてしまったようだ。
脇に控えていた黒服が、ルークに代わって扉を開けた。
「とっても素敵な登場ね、可愛いアル」
そこは、広いリビングのような一室だった。どこまでも奥行きのあるシンプルな部屋の真ん中、設置された大きなテーブルとソファにはすでに一人の女が座っていて、その近くには一人の男が立っていた。
女は振り返ると、優しい笑みを浮かべる。アルバラは一瞬、動けなかった。
「……お、お母様……」
「ふふ。愛されているのね、良いことだわ」
腕には包帯が巻かれているし、頬にも傷テープが貼られてあるけれど、声音の調子からは元気に思える様子でイレーネがそこに居た。
「お母様! あの、僕、」
「暴れるな、落ちるぞ」
ルークの腕の中から飛び出ようとしたアルバラを、ルークがとっさに抱え直す。
アルバラはすぐに「すみません」とルークを振り仰いだ。ルークは特に気にしなかったのか、イレーネの正面に腰掛けてアルバラを自身の隣に座らせた。
「アシュレイさんも」
イレーネの背後に立っているアシュレイに視線を移すと、アルバラはぐしゃりと泣きそうに顔を歪める。
「え、なに、なんで泣くんだよ!」
「だって僕……王宮でルークさんに会って、それからのアシュレイさんのことなにも知らなくて……無事で良かった……」
静かに涙を流すアルバラに、アシュレイは困り顔だ。そんなアシュレイをしれっと見つめたルークは、まるで見せ付けるようにアルバラの腰を抱き寄せた。
「この男はこれからおまえの専属の護衛だ。どこにも行かないから安心しろ」
「えっ! 本当ですか!?」
「ああ。そう決めた」
アルバラが確認するようにアシュレイを見上げる。するとアシュレイはルークの言葉を肯定するように、しっかりと一度頷いた。
「う、嬉しいです! ありがとうございます、ルークさん、アシュレイさん!」
「今後、大変かと思いますが、よろしくお願いしますね」
神様から何かを言われたのか、未来に何かが見えたのか。イレーネの言葉に少しばかりゾッとするのだけど、アシュレイは引きつった表情でなんとか「よろしくお願いします」とだけ返事をした。
「……お母様。あの、この人はルークさんです。僕の……」
僕の——なんだろうか。
うまく言葉が見つけられなくて、アルバラは思わず口ごもる。
好きということは伝えた。口付けだってしたし、その先のこともした。
けれどここで「僕の好きな人です」と伝えるには、なんだか違う気がする。「僕の恩人です」もしっくりこないし、「守ってくれている人です」は絶対に違うだろう。
「……僕の……」
パチパチと数度瞬きをするアルバラを見て、ルークは呆れたようなため息を吐いた。
「アル。俺たちのことはもうすでにバレているぞ」
「……ば、バレるって……何がですか?」
「どういう関係なのか」
途端に、アルバラの顔がボッと赤く染まった。
「な! お母様!」
「ええ、知っているわよ。あなたをあの離宮から逃がした時から分かっていたもの」
「だから堂々と婚約者だと言っていい」
思いつかなかった言葉に、アルバラはまたしても瞬きを繰り返していた。
——婚約者。自分たちはいつからそのような関係になったのか。
考えれば考えるほど分からなくて、けれどルークの瞳がすごく甘やかだったから、アルバラの頬に集まった熱は引きそうにはなかった。
「ねえ、可愛いアル。あなたは彼が好きなのね」
「……はい」
「それならいいのよ。幸せになってね」
イレーネが嬉しそうに微笑む。アシュレイも優しい顔をしていて、犬も嬉しかったのかイレーネの側で尻尾をぶんぶんと振っていた。
隣を見ると、誰よりも格好いいルークが、満足そうに笑っていた。それだけでアルバラは幸せで、涙をいっぱいに瞳に溜めて、ルークに思いきり抱きついた。
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