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おまけ(1)

 それは、青の空が透き通る快晴のある日のことだった。  アルバラは一人、イレーネの部屋を訪れたかと思えば、ぷくっと頬を膨らませ不満を顔に浮かべていた。 「あらあら、可愛いアル。どうしたのかしら」  困った様子もないイレーネには、アルバラの気持ちなどお見通しなのだろう。アルバラは甘えるようにソファに座っていたイレーネに抱きつくと、悲しげに視線を落とす。 「……もう一週間です」 「そうね。もうそんなに経つのね」 「なんで何も言ってないのに分かるんですか!」 「だって可愛いアルのことだもの」  イレーネが声を潜めるように笑うと、アルバラはますます悔しそうにすり寄っていた。 「でも大丈夫よ、アル。ルークさんも同じ気持ちで居るわ」 「……同じ?」 「ええ。……あなたに会いたいって、すごく思っているみたい」 「本当に? ……僕、一週間もルークさんに会ってなくて、たくさん抱きしめたいし、たくさんたくさんお話もしたいって思ってるし、たくさん……」 「大丈夫よ。……絵本の騎士様は、いつもお姫様にどうだった?」  イレーネはテーブルに置いていた絵本を持ち上げて、上品な仕草で開く。  文字のない絵本だ。抽象的な絵だけが描かれた、盲目のイレーネならではの作品である。 「……騎士様はお姫様に優しかった。大切にしていました」 「そうでしょう? お姫様は死んでしまうけれど、騎士様はずぅっとお姫様のことが好きなのよ」  イレーネの言葉に、アルバラは素直に一つ頷く。 「嬉しいわ、可愛いアル。あなたが愛を知ったこと。……綺麗な綺麗なまま、そうして愛してもらえていること」  嬉しそうにつぶやいて、イレーネは優しくアルバラを撫でる。しかし突然「あらあら」と呆れたように笑った。 「あなたの愛しい人が帰ってきたみたい」  アルバラががばりと顔をあげると、イレーネは行けとでも言いたげに手を離した。  アルバラは一目散に駆け出す。そうして部屋を出ると、そこに立っていたアシュレイもすぐ後ろについてきた。 「ちょっと、何、何があった!?」 「ルークさんが帰ってきたって!」 「はあ!? なんでそんなことが分かるんだよ!」  必死に駆け抜けた先。玄関口までやってくると、黒服を引き連れたルークがちょうど入ってきたところだった。 「ルークさん!」  アルバラは脇目も触れず、ルークに向かって突き進む。ルークは一瞬だけ目を丸くしていたが、腕の中にアルバラが飛び込んできたのだと理解すると、分かり難く目を細めた。 「変わりなかったか」 「はい! 会いたかったんです」  ルークの胸元に顔を埋めるアルバラをひと撫ですると、ルークはすぐにアルバラを膝裏からすくい上げ、横抱きに抱え上げた。 「ボス。商談は」 「急ぎでないものは回すな。俺が部屋から出るまでは放置しろ」  黒服も、アシュレイも動けなかった。まさかあのルーク・グレイルがこんなにも変貌するとは……。しかしそんなことを言い出すことも、ましてや逆らうこともできず、黒服たちは見送るように一斉に頭を下げていた。  アシュレイだけはアルバラの護衛だからなのか、すれ違いざまにルークから一瞥された。いわく、ついてこい、とのことらしい。  ——ルークが長期不在の時はいつもこうだ。おおよそ、アルバラの力があるためにこの屋敷に危険は訪れないのだが、何が起きたかと事細かに報告はさせられる。どうせ逐一バラッド・ウェルスタインから報告をさせているだろうに……それでも実際にバラッドは対面しているわけではないのだから、ルークとしてはアルバラと対面しているアシュレイの所感を知りたいのだろう。バラッドの盗聴音声からでは分からないことも多い。ルークは本当に、どこまでも過保護だ。 「ルークさん、怪我はありませんか」 「ああ」 「ふふ、良かった。僕、たくさんお願いしたんです。ルークさんが怪我をしないように。ルークさんが大変な思いをしないようにって。神様が聞いてくれたんですかね」  ああなるほどなと、ルークは心の中で納得する。  今回はやけにスムーズにことが進んだ。いつもはごねる相手も、いつもはもっと争いごとになる相手も、歯向かってくる若造だって、今回ばかりはなぜか機嫌が良く、ルークに対して何も言わなかったのだ。気持ちが悪いなと感じてはいたものの、アルバラに好かれているからなのかと思っていたのだが……まさか願ってくれていたのなら、スムーズに終わるはずである。 「アシュレイ・フェリス」 「なんだよ」 「話はあとで聞く。待機しろ」 「げぇ……マジかよ……」  いつもなら先に少し話して暇をくれるくせに、待機とは。  アシュレイは二人の部屋の前での待機があまり好きではない。それはもちろん、声は聞こえずとも中でナニをやっているのかが丸わかりで、待っているということが気まずくなってくるからである。  そんなアシュレイの気持ちも知らず、ルークはアルバラを抱えたままで部屋に入る。アシュレイはもちろん逆らうわけもなく、嫌そうに部屋の前に座り込んだ。

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