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一時休戦①
トイレを出ると、知之が心配そうに声を掛けてきた。
「お前、マジで大丈夫かよ?
弱い癖に、あんなに飲むから……」
すると早乙女くんは、自分がさも善人であるかのような顔をして、笑顔で僕の腰に手を添えた。
「大丈夫じゃ、ないんじゃね?
ちゃんと歩くのも大変みたいだし、やっぱ俺が送ってくわ」
知之は良くも悪くも素直な性格だから、僕からのSOSを訴えるアイコンタクトに気付く事なく、ホッとした様子で、助かる、ありがとうと彼に感謝の言葉を伝えた。
本当に、使えない男である。
結局押し問答の末、話術でこの男に敵うはずもなく、僕は彼の自宅へと拉致られる事になってしまった。
だからきっと今夜もまた早乙女くんに抱かれ、更なる開発を進められてしまうのだろうと絶望的な気持ちに打ちひしかれていたのだが、さっきまでの不機嫌さはどこへやら。
彼はいたって普通な態度で、僕をコンビニへと誘った。
ちょっと意外なその提案に、拍子抜けする僕。
ひとりずっと臨戦態勢のままいるのが馬鹿らしくなり、フゥと小さく息を吐き出した。
「これさ、意外と美味いんだよね。
お前も、なんか食う?」
そう言って彼が手にしたのは、レモン味のカップ入りのシャーベット。
さっきまで唐揚げだのなんだのといった揚げ物ばかりを口にしていたから、ありがたい。
僕が棒付きのチョコレート味のアイスを手に取ると、彼はそれを奪い取り、当たり前みたいに支払いを済ませてしまった。
***
彼の家に向かう途中、ふらりと立ち寄った公園で。
ふたりベンチに横並びに座り、アイスの包みを開けた。
「ごめん。だけど自分の分は、ちゃんと払うつもりだったのに……」
すると彼はちょっと呆れたように笑い、僕の頭をワシワシと、まるで犬にするみたいに撫でた。
「良いよ、それくらい。
ごめんじゃなく、ありがとうで」
迂闊にもその優しい素の笑顔に、少しだけ見惚れそうになったタイミングで。
……彼は僕の唇に、軽く口付けた。
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