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ココロの記憶④

 一気に教室内の気温が、下がったような気がした。  慌てた様子で逃げ出す、クラスメイト達。  彼らは僕には、獰猛な肉食獣みたいにしか見えなかった。  だけど早乙女くんからしてみたら、あんな連中はライオンの尾に|集《たか》る、ハエ程度のモノだったのかもしれない。  なのに僕のような底辺の人間が、彼を庇おうとするとか。  ……なんて、恥ずかしい。  荷物をまとめ、無言のままそそくさと教室から出ていこうとしたのだけれど、彼は心配そうにじっと僕の事を見下ろした。 『ごめんな、佐瀬。  もっと早くに、助けられたら良かったんだけど……。  怪我は、してない?』  やっぱり早乙女くんは、優しい。  ……こんな僕にまで、こうして気を遣ってくれるのだから。  だけど、勘違いしたら駄目だ。  僕と彼とでは、住む世界が違うのだから。    同じ教室内にいても、いつも見えない境界線が僕らの間には引かれていて。  彼はあっさりそれを越えてくるけれど、僕にはその線を越える事がきっと出来ない。 『大丈夫だよ、ありがと。  あと……僕なんかが余計な事を言って、ごめん』  彼の眉間に、再び深いシワが寄る。  もしかして、何か彼の気に障るような事を言ってしまっただろうか?  不安に思い、じっと早乙女くんの濃灰色の瞳を見つめていたら、何故か彼はゴクリと喉を鳴らし、僕から視線をそらした。 『こっちこそ、ありがとな』  ニッと笑うその表情に、目が釘付けになった。  だけどそんなのは、ほんの一瞬で。  そのタイミングで、委員会の終わった知之が、教室に戻ってきた。 『お待たせ、大晴!  って、あれ?  ……遼河もまだ、残ってたんだ?めっずらし!』  さっきまでの修羅場の事なんてまるで知らない知之はニヘラと笑い、僕らの間に笑って入ってきた。  だから会話は、そこで終了となった。     これが僕と早乙女くんが二人だけで話した、唯一の記憶だ。  だけど、今にして思えば。  僕はこの頃からますます史織に依存するようになり、彼女への想いを募らせ、執着し、拗らせていった。   ……まるで何かから、逃れようとするみたいに。

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