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運命〜Side遼河〜
「そういえば昨日、偶然史織に会ったよ」
高校時代のクラスメイトにして、カラダの関係もありのオトモダチが、情事の後ベッドで笑って言った。
軽い口調で発されたその言葉に、一瞬のうちに息が詰まる。
すると彼女は俺が君下の事を忘れてしまっていると勘違いしたのか、楽しそうに笑って続けた。
「ほら、覚えてない? 高校の時に同じクラスだった、君下 史織! あの子もうてっきり大晴様と結婚してるもんだと思ったのに、まだ独身なんだよ。……なんか、意外だよねぇ」
勝手に続けられた発言に驚き、彼女の肩を反射的に掴んだ。
「……それ、ほんと?」
あまりにも食い付きが良過ぎたのと、俺の負の感情が駄々漏れになってしまったせいだろう。
彼女はちょっと怯えたように俺の顔を見上げ、答えた。
「うん。指輪してなかったから気になって、聞いてみたの。そしたらあの子、今は彼氏もいないって。それに大晴様とは幼なじみだから、付き合うとか想像も出来ないってゲラゲラ笑いながら話してたよ」
なんだよ? それ……。
ただあいつの幸せを願い、困らせたくなくて想いを伝えることすらないまま終わった、俺の最初で最後の恋。
なのに君下とは、いまだにただの幼なじみのままとか……。
「あ、でもぉ。そういえば、こうも言ってたよ? 史織が30歳になるまで独身だったら、大晴様が仕方なくお嫁にもらってくれるんだって! いいなぁ、結婚。私も、遼河くんと……」
今度は媚びるような声でそう言うと、彼女は俺にしなだれ掛かってきた。
甘ったるい香水の匂いが、不快感を増させていく。
こいつと将来どうこうなりたいとか、考えたこともない。
それに最初に関係を持った時から、恋愛感情は全くないと伝えている。
「どうしたの? 遼河くん。ただの、冗談じゃん! これまで通り会って、セックス出来たら私は充分だよ?」
繕うように引きつった顔でクスクスと笑いながら言われたけれど俺はにっこりとほほ笑み、身支度を整えながら告げた。
「セフレの関係は、今日で終わり。今まで、ありがと。バイバイ」
***
別の男友だちから得た情報を元に、まずは大晴について調べた。
するとあの女の話していた通り、彼はまだ独身で。
……君下とは本当に、付き合ったことすらないと判明した。
これまではずっと関わらないよう、意識的に同窓会などは避けてきた。
だけど偶然を装い、君下に近付いた。
そして旧友を懐かしむふりをして、彼女を食事に誘った。
「なら君下は、今もまだ独身なんだ? てっきり佐瀬と、幸せな家庭を築いてるもんだとばかり思ってたわ」
当たり障りのない世間話の延長的な雰囲気で、笑顔で聞いた。
……内心は反吐が出そうなぐらい、不快だったけれど。
すると彼女は当時と変わらぬ残酷なまでの無邪気さで、笑って答えた。
「うん、独身だよ。バリバリ、婚カツ中! でもなかなか私の理想に合う人って、いなくて。別に高望みしてるワケじゃ、ないんだけどねぇ」
あんなにも大晴に想われていたのに、そんな言葉を口にするこの女にいら立ちが増していく。
しかしそんなのは俺の、身勝手な嫉妬だ。
「彼の誕生日が来たら、本当に私から大晴に逆プロポーズしてみようかな?」
ほろ酔いでにへらと笑って言われた言葉に、心臓が止まるかと思った。
「彼のことは正直弟みたいにしか思えないけど、お互いを誰よりも理解している者同士、きっと幸せにはなれると思うんだよね」
は? ……なんだよ、それ。
そんな下らない理由で、愛もないのにアイツをこれからも一生縛るつもり?
そんなの、俺が認めない。……絶対に、許さない。
まだ同じ高校に通っていた頃、彼の事が大切過ぎたからこそ無理やり殺した恋情。
……こんなことになると分かっていたら、絶対に身を引いたりなんてしなかったのに。
「それってさ、お互いにとって不幸じゃね? やっぱりそういうのって、相思相愛じゃないとうまくいかないと思うし」
にっこりと穏やかに見えるよう 、意識的にほほ笑み告げた。
***
改めて聞いた彼女の理想は、恐ろしいまでに大晴とは真逆のタイプだった。
だけど今も彼のココロは、この女に囚われたまま。
そしてまるで妥協するみたいにプロポーズをされたとしても、彼は素直に喜び、それを受け入れるに違いない。
そう言えば仕事関係で知り合った、プロレスラーのヒール役の男。彼なんか、どうだろう?
うちの会社のウェブCMを撮影する際、美女と野獣といったコンセプトで出演して貰ったのだが、見た目や社会的イメージとは異なりかなり感じのいい人だった。
……君下の理想に、ピッタリなのでは?
いい人がいないと彼も嘆いていたし、君下は美人で性格もいいから、あの男がよほど悪趣味でない限りうまくいく気がした。
「君下さえ良ければ、俺がお前の理想の相手とやらを、紹介してやるよ。知り合いで、プロレスラーをやってる人がいてさぁ」
まるで他意などありませんよとでもいうように、笑顔のまま告げた。
***
そこからは本当に、驚くほどにトントン拍子に話が進んでいった。
男は涙を流して俺に感謝の意を伝え、君下も目をハートマークにして結婚が決まったと報告してくれた。
もっと酷い野郎を紹介してやっても良かったのだが、君下の不幸はきっと大晴の不幸。
彼の望まないことは、俺も望まない。
それに結婚に失敗されて、出戻られても正直迷惑でしかないし。
そして何より職業柄、そういった真似が出来るほど俺は腐ってもいなかったらしい。
何か礼がしたいと彼女は言ってくれたけれど、式に呼んでくれたらそれで充分だと答えておいた。
実際それが、狙いだったわけだし。
だって彼女と幼なじみの大晴は、間違いなく式にも出席するに違いない。
傷心であろう彼のココロの隙に付け入り、少しずつ距離を詰めてやる。
そんな風に、考えていたのだけれど。
……思わぬ形で俺は、彼と再会することとなる。
***
「今日の、お客様。めちゃくちゃ、美青年なんだけど! 何あれ? アイドルでも、あんな可愛い人なかなかいない。私が、付き合いたぁい♡」
職権乱用も、甚だしい発言。
それにちょっと呆れながら、目をやったカウンターの向こう側。
彼に逢うのは高校の卒業式以来だから、十年以上の歳月が過ぎ去っていた。
当時よりも、増した色香。
穏やかに、でも少し不安そうに微笑む仕草。
ひとめ目にした瞬間、分かった。
やっとまた、逢えた。
……でも、なんでこんな所 に?
誰が接客するかと、色めき立つ女子社員たち。
スッと席を立ち、笑顔で告げた。
「ごめん。俺が、出るよ。あいつ、高校時代の同級生なんだ」
これはきっと、偶然じゃない。運命だ。
……だってお前は、唯一愛した人だから。
だから今度は、絶対に逃がさない。
……手に入れて、囚えて、二度と離さない。
【……fin】
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