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COLORED〜高校時代、Side遼河〜

 俺の毎日は、いつだってどんよりとくすんだ灰色で。  皆が愛だの恋だのにうつつを抜かし、好きだの嫌いだのと騒ぐのを、ずっと理解出来ずにいた。  だけど佐瀬に出逢い、彼に恋をしたことで、この無意味で無機質だった世界が急速に色付いた。  ……そんな気が、したんだ。 ***  佐瀬との出逢いは、高校一年の春。  入学式当日は五十音の出席番号順に並ばされたこともあり、彼は俺のひとつ後ろの席に座っていた。  春の日差しを浴びて、元々色素の薄い彼の髪が亜麻色に輝く。  だけど制服のボタンもきちんと首元ギリギリまで留めるような真面目な男だから、これはきっと天然の色なのだろう。  向こう側が透けて見えそうなほど真っ白な肌は、思わず触れてみたいと思うほど艶やかで、滑らかで。  そのせいで最初、彼が女なんだと勘違いしそうになった。  だってこんなに綺麗な人間、これまで俺は見たことがなかったから。  だけど彼が立ち上がり、スラックスを履いている姿を見て、ようやくその誤りに気付いた。   しかしそんな風に感じたのは、俺だけではなかったらしい。  まるでひとり異世界からやって来たみたいに、彼は異質で特別な存在だった。  クラスの女子たちがコソコソと話していた、『不可侵の大晴様』等という下らない呼び方すらも、笑えないぐらいしっくり来る。  そう感じさせてしまうほど、彼はどこか浮世離れした雰囲気で。  みんな彼と話してみたいのに、話し掛けることすら出来ないまま、遠巻きにただ眺めるだけだった。  ……そしてそんな彼はクラス内で、徐々に浮いた存在となっていった。  しかし二年になり、状況は一変する。  彼と幼なじみだという君下 史織と、空気を読めないことに定評のある知之が、同じクラスになったのだ。  その結果佐瀬は、以前よりもよく話すようになった。  ……ただし、そのふたりとだけ。  そのためなんとかお近づきになりたいと、抜け駆けしようとする人間が現れ始めた。  そして誕生したのが、『大晴様不可侵条約』である。  寄るな、触るな、話し掛けるな。  遠巻きに見守り、視線で愛でるのみ!  あまりにもくだらないネーミングとその内容にただ呆れ、失笑した。  ……だってこの時の俺はまだ単に、見た目が綺麗な彼の事が、ただ物珍しさからほんの少し気になっていただけだったから。 *** 『遼河って、なんかムカつくよな。なんでも出来て、何でも持ってて。……絶対俺らのこと、見下してるよ』  放課後、隣のクラスで当時仲良くしていた女といちゃついていたら聞こえてきた、理不尽が過ぎる中傷。  金があるのも、この顔に生まれて来たのも、女にモテるのも。  そんなの全部、俺が望んこと事じゃない。  しかし勝手にやっかみ、いないところでこき下ろすような真似をされるのにも、もうすっかり慣れっこになっていた。  なんでも出来て、当たり前。  出来なければ、ちょっとだらけているのではないかと母親から責められる。それが俺の、日常だった。  女は慌てた様子で何かフォローの言葉を口にしようとしたけれど俺はククッと笑い、面白そうだからもう少しだけ聞いてやろうぜと、彼女の胸にイタズラしながら耳元で囁いた。  『なぁ! 佐瀬も、そう思うだろ?』  あぁ、なんだ。アイツも、いたのか。  ……まぁ、どうでもいいけど。 『だよなぁ! やっぱお前も、ムカつくよな?』  彼の声は聞こえなかったけれど、そんな会話が続けられた。  ずっと他人には興味無さそうにしてたのに、あいつも同調したということなのだろう。  ……なにも、知らない癖に。  思わずプッと吹き出すと、女はちょっと怯えた様子で、不安そうに俺のことを見上げた。  しかし、次の瞬間。  いつものように男とは思えないぐらい澄んだ愛らしい声で、彼は答えた。 『うーん……。僕は、そうは思わないかな? たしかに彼は良い家に生まれて、顔も良くて、運動だって出来る。だけどそんなのは、彼が望んで選んだことじゃない。それに勉強に関しては、努力もしてるんじゃないかな? ……人のことを貶めるようなことばかり言ってる、君たちよりもずっと』  これまで誰も俺のことを、分かってくれなかった。  分かろうとも、してくれなかった。……なのに。  予想外の返答に唖然としている間に、バンと大きな物音が隣の教室に響いた。 『へぇ……。佐瀬、お前そういうこと言っちゃうんだ? オタクが、いきってんじゃねぇよ!』  気付くと体が、反射的に動いていた。  教室のドアをガラリと開けると、ちょうど佐瀬のことを男が、今にも殴ろうとしているところだった。 『はぁい、ストップ。そこまでに、しとこっか? 俺のために、熱くなってくれるのは嬉しいけどさぁ。……男の嫉妬は、見苦しいぞ?』  すると慌ててその男は、彼から手を離した。  怒りのせいで、かつてないくらい全身が熱くなっているのを感じる。  自分に対して暴力を、振るわれたわけでもないのに。  だけどいつものように明るく軽い口調で、笑顔のまま告げた。 『まぁ俺のことは別に、好きに言えばいいけどさぁ。また佐瀬に、なんかおかしな真似したら。……お前ら全員、殺すよ?』 ***  この時まで俺の毎日は、いつだってどんよりとくすんだ灰色で。  皆が愛だの恋だのにうつつを抜かし、好きだの嫌いだのと騒ぐのを、ずっと理解出来ずにいた。  だけどこの日、世界が一気に色付いた。  彼を、中心に。……鮮やかに、艶やかに。  不可侵の存在といわれるお前を、めちゃくちゃに犯したい。  ぐちゃぐちゃに壊して、俺しか見えないようにしてやりたい。  初めて自分の中に生まれた、強い欲求。  だけどその想いは無理やり圧し殺し、封印した。  だって彼のことが、大切だったんだ。  ……自分の醜い欲望なんかよりも、もっと、ずっと。  幼なじみの君下と、平凡な。  ……だけど誰よりも幸せな一生を、佐瀬は歩めばいい。  お前の人生に、俺は存在しない方がいい。                  【…fin】

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