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【SS】叶わなかった、夢の続きを

文字「大晴、起きろ! 今朝は早く出るって、いっただろ?」  毛布を剥がれ、無理矢理叩き起こされた。  それを理不尽に思い、ギロリと声の主の方へと視線をやりながら答えた。 「聞いてたけど、遼河くん。起きれないのは、いったい誰のせいだと……!」  尖らせた唇は、キスで塞がれた。 「もっと、もっとって甘えてねだった、大晴のせいじゃね? ほら、さっさと起きろ!」  本当に、ああ言えばこういう男だ。  よく口が回るものだと呆れながらも、倦怠感の残る体をのそりと起こした。 「朝食はもう、出来てる。お前の好きなだし巻き玉子卵と、鮭を焼いてるから。今日の味噌汁は、豆腐とワカメな」  この、スパダリめ。僕の好みを、把握しすぎなんだよ。  それとやっぱり体力、あり過ぎだろ。  寝起きはあまりいいほうではないため、そんな誉め言葉ともとれる悪態を心の中で吐いた。 「それとも飯の前に、もう一回抱いてやろうか? それならさすがに、起きるだろ?」     突如駄々漏れになった、遼河くんの色気。  それにごくりと唾を飲み、慌ててガバッと起き上がった。 「駄目! ちゃんと、起きたよ。もう僕、起きたから!」  立ち上がり、ラジオ体操をするみたいに大きく腕をブンブンと振り回すと、彼はククッとおかしそうに笑った。 「そっか、残念だな。まぁ、いいや。顔洗ったら、来て」  くしゃりと髪に触れ、優しく微笑む遼河くん。  至近距離で見るその芸能人みたいに美しい顔には、いつまで経っても慣れる事が出来ない。  ……そしてこの完璧過ぎる男が、自分の恋人であるという現実にも。  あれからおよそ、2ヶ月の月日が流れた。  なのに相変わらず彼の溺愛は、とどまるところを知らない。  しかもそれと同時にあちこちに地雷が埋まっているのだから、いろんな意味でドキドキが止まらない。  彼の運転する車の助手席に座ってのドライブも、当たり前になった。  以前は信号待ちの度、卑猥なイタズラを仕掛けて来ていたが、そういう真似を続けるなら今後は後ろに座らせて貰うと言ってぶちギレたら、ようやく止めてくれた。    とはいえ油断すると相変わらず、夜の暗闇に紛れて、時折キスをされたりはするけれど。  でもそれは嫌じゃないし、ちょっとだけ嬉しかったりもするから許しているというのが現状だ。 「今日はさ、前に約束してた、江ノ島に行こうと思うんだ。ほら、暖かくなったら生のしらす丼を食べたいって、大晴も言ってただろ?」    それが嬉しくて、自然と頬の筋肉が緩んだ。 「……覚えててくれたんだ」 「当然。っていうか俺自身、またお前と行きたいなって思ってたしな」  くしゃりと笑うその表情は、いつもよりも少しだけ幼く見える。  そしてそういう子供みたいな顔を見せるのは僕の前でだけだというのを、先日こっそり彼のお兄さんの大河さんが教えてくれた。  以前来た時と同じように鎌倉市内の駐車場に車を停めて、江ノ島駅まで電車で移動すると、そこからは歩いて市内を散策した。 「この前は友だちとして来たけど、今回はデートコースな」  ニッと笑って長身を軽く折り曲げるようにして顔を覗き込まれ、ドキリとさせられたけれど、何事もなかったふりをしてこくんと小さく頷いた。  すると一瞬の隙をつき、軽く唇にキスをされた。 「ちょ……遼河くん! 妙な真似、しないでよ。誰が見てるか、分かんないのに……」  激しく動揺しながらも、慌ててキョロキョロと周囲を確認する。  羞恥に震える僕を見下ろしたまま彼はべぇと舌を出し、しれっと言い放った。 「油断した、大晴が悪い。隙あらば妙な真似したいし、さっき以上の真似もしたいと思ってるけど?」 ***    彼に案内され、連れて行かれたのは以前行ったのと同じ、あの海鮮丼専門店。  そこで今回は彼のオススメだという、生のしらす丼を注文した。 「美味しい! ……釜揚げのも美味しかったけど、こっちの方が僕も好きかも」  予想以上のその味に感動し、僕にしては珍しくちょっと大きな声が出てしまった。  すると遼河くんは満足げにフフンと笑い、だろうとだけ言った。  でもそういう傲慢で偉そうなところも、実は結構好きだったりする。  夢中で頬張る僕の唇の端に触れた、彼の指先。  それに驚き、真っ赤になる僕に、クスクスと笑いながら彼は告げた。 「ご飯粒、ついてた。そんなに喜んでくれて、俺も嬉しいよ」 「くっ……!」  からかわれたのだと気付き、羞恥に震える僕。  そのご飯粒は、彼の口へと放り込まれた。  さらりとこういう事をやってのけてしまう辺り、本当に恐ろしい男だと思う。  ますます赤くなり、完全に箸が止まってしまった僕を見て、今度は彼はブハッと盛大に吹き出した。  そして机に伏せるようにしながら、ふるふると震える彼の肩。  付き合い出して分かった事だけれど、僕が絡んだ時の遼河くんはゲラだ。  笑い出すと、止まらないらしい。  高校生の頃はクールで、どこか冷めた印象だった彼の意外な一面。  これもある意味僕だけの特別なのだとは思うけれど、正直あまり嬉しくはない。  完全に拗ねてしまった僕の指に指を絡め、妖艶に微笑む遼河くん。 「でも、気に入ってもらえて良かった。大好きだよ、大晴。……また来年も、ふたりで来ような?」  僕が、答えるより早く。  ……隣の席で食べていた女の子たちが頬を染め、ぎゃぁと悲鳴にも近い声をあげた。                 【……Fin】

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