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さびしい 10

「何を怒っているんだ? 生理か?」 彼なりのジョークのつもりだろうが正直笑えない。文句の一つも言ってやろうかと口を開きかけたその時、駐車場へと向かうエレベーターが到着した。 エレベーターの中には既にスーツ姿の中年の女性が乗っており、開くボタンを押しながら二人が乗り込むのを待っている。一瞬躊躇ったものの軽く会釈をして乗り込むと連れ立ってエレベーターの奥に立った。 中年の女は野球に興味がないのか、二人を見ても特に何も話しかけて来ず、目の前のパネルを黙ったままジッと見つめている。 正直助かった。この狭い空間でファンにでも遭遇すればやれサインだ、握手だと短時間の間に面倒なことになりかねない。 助かったと思いきや、不意に隣にいるリチャードの手が伸びて来て肩をグッと引き寄せられた。ハッとして、反射的に彼の方を振り向くと、すかさず後頭部に手を添えられ唇を寄せて来る。 「――な……っ」 あまりに咄嗟の事で、避けきれないと判断した壮馬は反射的に目を瞑る。しかし、予想したことが怒らずにそっと目を開けると、リチャードの面白そうな顔が目の前にあった。 「――ソウマ、今、何を期待していた?」 「……っ! ~~ッ!ば、っかじゃないですか!?」 完全に揶揄われていると気づいた壮馬は、カーッと頭に血が上ったのを感じ、慌ててリチャードの腕を振り解き彼から距離を取った。 エレベーターの扉が開くと、即座に飛び出し駐車場へと向う。 後ろでクスクス笑う声がするのも腹が立つ。 「あの女性に誤解されてたらどうするんですかっ!!」 「キスなんてただの挨拶みたいなものだろう? 実際にキスしたわけじゃないんだし、そう目くじらを立てるな」 平然と言い放つこの男に悪びれた様子は一切ない。文化の違いなのか、はたまたわざとやっているのか。どちらにせよ、質が悪い事この上ない。

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