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5 和馬視点
三日後、和馬の熱が下がり、仕事に戻った時、竜之介が依頼品だという一つのブレスレットを持ってきた。
和馬はそれを一目見て、あまりの邪気に眩暈がしそうになる。
それは木でできた粒に穴を開けて、そこにゴムひもを通したシンプルなブレスレットだった。なんの変哲もない品物に、何故こんなにも強い邪気が宿ってしまったのか。
和馬たちは邪気を視覚で見ることができる。竜之介は清めた布の上にブレスレットを持ち、直接触れないようにして和馬に見せてきた。
どす黒い靄 がそれを囲み、ブレスレット本体が見えない状態になっている。
靄は煙のようにふわふわと漂い、触れたところを凍らせていく。これでは、近づくだけで悪影響を及ぼす危険性がある。
竜之介は広い中庭の真ん中にそれを置いた。佑平は和馬の少し後ろで、邪気が広がらないように結界を張っている。
竜之介もその手伝いにまわり、和馬はさらにブレスレットを観察する。そこで違和感があることに気付いた。
普通、邪気を持つモノは、人の念が元になっていることが大半だ。だから、目的や理由などがはっきりしていることが多い。
しかしこのブレスレットは、邪気は強力なものの、ただ近づき触れるものを傷付けるためだけのもののようだ。
つまり、邪気を利用した武器だ。
(何でこんなものが……)
「竜之介。これ、誰からの依頼品なの?」
「同業者です。ものすごい速さで人の手に渡っていくから、気になって仕入れてみた、と。三日前に交通事故に遭って今は意識不明の重体ですが」
和馬は顔を顰めた。三日前と言えば和馬が怪我をした日だ。嫌な予感がする。
「竜之介、佑平。嫌な予感がするから、これは祓わず一度封印する」
「はい」
竜之介と佑平はうなずく。祓い屋として実際に動くのは、この中で一番力が強い和馬だ。
その力に、二人は逆らえない。
風が渦を巻いて吹きだした。結界の中を一周し、ブレスレットから出る黒い靄を包むようにまとめる。
しかし、それまで強烈な邪気を放つだけだったブレスレットが、和馬の風に抵抗をし始めた。
靄は隙間を探り、外へ逃げようと、生きているかのように動き出す。そして、邪気の量を一気に増やした。
「……っ」
慌てた和馬はブレスレットの周りに小規模な竜巻を作る。風の壁で、黒い靄を出さないよう慎重にそれを収めていくと、それはさらに抵抗を見せた。
一体、どれだけの力を込められているのだろう、靄はその竜巻をも破り、和馬へ襲いかかる。
「和馬!」
竜之介の声がして、和馬は思わず自分のリミッターを外した。一瞬で背中に純白の翼が現れ、髪と瞳が金色に輝く。
(かかったな)
「!?」
その瞬間誰かの声がして、右腕に痛みが走った。それと同時にブレスレットが弾け、ばらばらと地面に粒が落ちていく。
「無事ですか?」
完全に邪気が消えたのを確認し、竜之介と佑平が近づいてきた。和馬は元の姿に戻ると酷い眩暈に襲われ、その場に座り込む。
「和馬っ」
ぐらぐらする視界の中、跡形もなく壊れたブレスレットを見て、本当に邪気が消えているのを確かめた。そして、すぐに違和感を持つ。
(邪気が、ない……どこにも)
痛んだ右腕を押さえると、ハッとして辺りの気配を探る。やはり何の気配も感じられなかった。この体の中にさえ。
(嵌められた……罠だったのか)
和馬は身震いした。だとしたら、どうやってこの罠をしかけたのだろう。十年間、和馬の身体の中に封印され、身動きがとれなかった彼に。
「疲れたでしょう。中に入って休みましょう」
静かに促す竜之介は、何かに気付いた様子はない。佑平もいつも通りだ。だとしたら、これを知っているのは自分だけとなる。
(ばれたら……)
和馬は怖くなって考えるのを止めた。出て行った彼もしばらくは自由にできないだろうし、その間に見つけて封印しなければ。
天使族史上最悪と言われた、『彼』が完全に覚醒する前に。
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