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7 紘一視点
数時間後。紘一は夜の道を、ゆっくり歩いて帰っていた。夜になるとちょうどいい気温になるこの季節は、空気が好きでしょっちゅう散歩しているのだ。
合コンをそれなりに楽しんできた紘一は、お目当ての子を連れて一緒に帰った吉田を思い出し、口の端が緩くなる。自分も帰る方向が一緒だという子を送って、やっと一人になったところだった。
(えー? 柳くん帰っちゃうの?)
二次会も行こうと誘われたが、あまり飲むつもりは──吉田の奢りとはいえ──なかったので遠慮した。
すると、女の子のうち一人が「私も帰る」と言い出したのだ。
(あ、じゃあ送ってもらいなよ。柳くん帰っちゃうのは残念だけど)
どうやら女子側には殺伐とした空気はなく、純粋に男女で遊びたかっただけらしい。
だから紘一も楽しめたのだが、今まで経験した合コンは戦場だったので辟易していたのだ。
とくに女性の秋波と嫉妬はすさまじいものがあり、元々恋愛には熱が上がらない紘一にとって、それらを振りまく女性たちは天敵に近かった。
女性は可愛いと思う。ふわふわしていて守りたくなるような、それでいて芯はしっかりしている子が好きだ。しかし、今まで付き合ってきた女性は肉食系の猛禽類だった。
そんな女性との恋愛に疲れて、穏やかな恋がしたいと吉田に話した。
年寄みたいだな、と言われたが、それがいいと言ってくれる子をゆっくり探せばいいと開き直る。
紘一は途中で公園に入ると、ジョギングコースとして舗装された道を歩いて行く。
さすがに深夜に近い時間なので人通りはないが、月明かりと街灯の明かりを眺めながら歩くのは最高だ。
(……ん?)
紘一は道沿いにある、ベンチに誰かが座っているのに気付く。
背もたれに頭を預け、じっと空を見ていた。その髪は、薄闇でも分かるほど明るく、もしかして、と足早に近づく。
すると向こうも気付いたらしい、こちらを見て「こんばんは」と話しかけてきた。
立ち上がった彼はやはり先日助けた少年で、頭一つ分くらい背が低い。また会えた、と内心喜んでいると、目の前の小さな頭がさらに下がった。
「先日はありがとうございました」
言葉とともに、お礼を言われたのだと気付くと、いや、と軽く手を振った。
「怪我はもう大丈夫なのか?」
頭を上げた少年の腕を見ると、半袖から白い包帯が見えている。見つけた時には血が止まっていたとはいえ、着ていた服にはもう使えないくらい血が付いていたのだ。
おまけに熱も出ていたから、何か悪いモノが傷口から入ってやしないかと心配になる。
「……元々治りは早い方なので。もう大丈夫ですよ」
少年が笑みを浮かべると、さあっと風が吹いた。色素の薄い髪が揺れ、琥珀の瞳が月明かりに青白く輝く。柔らかな光をたたえたそれは、よく見ると少しずつ変化しているようにも見えた。
ゆらゆらと揺れるその光は、何故か少年の感情そのものに見えて、目を離したくなくなる。
しかし、彼が横をふい、と向いたことで見続けることは叶わなかった。
「あの……」
困ったような顔をした少年に、紘一はハッとして不躾なことをしたと気付く。
「ああ、ごめん。えっと、こんな時間に……家族とか心配しないのか?」
「少し……風に当たりたくて」
つまりは内緒で出てきたということか。どちらにしろ、こんな少年が日付も変わろうとしている時間に一人で外にいるのはよくない。紘一は送ってく、と提案した。
「え、そんな、いいです……」
家から飛び出して、一人で風に当たりたいなどというのはろくな理由じゃない。一人にしたくなくて申し出たが、思い切り拒否されてしまった。
「……っ」
少年の琥珀の瞳が大きく揺れた。光の加減か金色に輝くそれを見ると、何故か体の自由が利かなくなる。初めて会った時もそうだった。
「酔ってらっしゃるでしょう。今夜はこれから風が冷えてきます。早く帰った方が良いですよ」
少年は目を伏せて静かに言った。これ以上食い下がるのはよくないか、と紘一は身を引く。
「お前も早く帰るな?」
「はい」
ふわりと彼が微笑む。じゃあ、と別れて数歩歩いたところで振り返ると、彼は自分を見送っていた。
「なぁ、俺の名前は聞いてる?」
「……柳紘一さん、ですっけ?」
「そう。お前は?」
強い風が吹いた。頬にかかる髪を押さえた少年は、小さな唇を動かす。
「結城……結城和馬です」
紘一は心底、拒否られなくて良かったと思いながら、今しがた名前を知った少年に笑いかける。
「またな、和馬」
手を振って、それ以上振り向かずに歩き出した。
後ろから声は、聞こえなかった。
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